115.音成大介の走れ!毎日!(8)
『――天谷悠に気を付けろ』
想わず間抜けな声が出た。
「はぁ…?」
仮にも上司様と言うか古めかしく言えば我が主君我が君、それでなくても計り知れない恐ろしさを有する雇用主サマに対して、イマドキのワカモノ的・不躾な反応、何たる失礼な態度だか。
だが、それだけ予想だにしない話を耳にした、という事でご容赦願いたい。
放課後、この体育祭前の波乱っぷりは即!お耳に入れておかなくっちゃね〜と気を利かせ、今日のご報告を一通り述べた所で、意外な一言。
雇用主サマの命令が、いつも簡潔で短い事は珍しくないが、その結論は一体何なんだ?
確かに、生徒会1年生組のお子様達が反抗期みたいでーとは言ったけど。
確かに、お子様達ながらなかなかの悪どさで名を馳せてる奴らだけどさ。
何でそっちに注目しちゃうワケ?
『…良〜い返事だな、大介』
より低くなった声が耳に届いて、軽い混乱から我に返った。
何だ…?
いつもなら、悪役並みにニヒルな笑い声が聞こえてくるのに、全然素じゃん。
雇用主サマのクセに、余裕ねーのか。
まさかと想いつつ、真面目に非礼を詫びてから、言葉を繋いだ。
「予想外の指令だったんでー、驚きました」
『そうか。言ってなかったな』
はぁあ?!と、今度は心の中でだけ盛大に聞き返した。
「言ってなかったな」つったか、この人。
もしや重大事項の伝達忘れスか。
マジ勘弁して欲しいんだけど。
けど、苦情を申し立てても仕方ない、腹を括って次の台詞を待ってたら。
『陽大同様、天谷悠は幼馴染みだ。小学校までだがな。言ってなかったにしろ、気付かなかったのか』
抑えようもない。
「はぁあああ?!」
『…大介、今日は賑やかだな』
あのねぇ、雇用主サマよ………!
まぁね、陽大と幼馴染みの天谷悠、ヤツは確かに中等部からの外部生だよ。
それはつまり、陽大と幼馴染みの雇用主サマとも馴染みがあるっつー事だ。
盲点だった。
この俺とした事が迂闊にも程がある!
いや、それだけ天谷悠が異常な程、此所に馴染み過ぎてるっつー事だな、と自己弁護しておこう。
じゃねーと、こんなに忠実に職務を全うしている俺が哀れじゃん、どーせ誰にもフォローされねーし。
天谷悠か…
外部生だったのに、瞬く間に生徒会デビューしたんだよな。
そういや当時、あちこちで一悶着あったっけか。
ヤツの家柄が良かっただけに、何とか丸く収まったんだ。
そして、まるで幼等部からの持ち上がり組の様に、此所の風土を受け入れて、自ら実践する素養もあったから。
学園内でも1、2を競う、親衛隊食いで有名な下半身チャラ男。
知る限りの天谷のデータを、頭の隅から引っ張り出しながら、雇用主サマを促した。
「確かにヤバいヤツではあるけどー?貴方様がそう仰る程、今、他の何よりも警戒するべき、と判断して宜しいんでしょうか?」
『そろそろキレんだろ、悠の事だから。相当フラストレーション溜まってる筈だ』
「まぁ、ねー…昼もやたら陽大に八つ当たりしてた、様に見えたかな」
『「始まった」な、既に。具体的にどういう様子だった』
「えーと、その件の九を使って、陽大に甘えるって感じっスね。九を持ち上げてベタベタして、陽大にはわざと冷たくしてドヤ!みたいな。アイツ、好きな子は苛めるタイプですよねー」
受話器の奥から、深刻なため息が聞こえた。
『その通りだ。悠は陽大を苛める』
耳を疑った。
『昔から悠の陽大に対する独占欲は病的だ。陽大があの通り、誰にでも優しく人当たりが良い事を、悠も受け入れていない訳ではない。ただ、陽大の関心が悠から外れ、他の奴と親密になったり、陽大自ら進んで他の世話を焼くのが続くと、キレる。おかしくなるんだ、アイツは。
徹底的に陽大を苛める。己を見捨てて他へ行くのが悪いんだと、周りを使い、悠自身も動いて陽大を傷付ける。特に、陽大が1人になる事に弱いと知っていながら、孤独へ追い込む。
十八でそれなりの立ち位置に居るんなら、尚更あらゆる方法で苛め抜くだろう。大介の報告を聞く限り、其処で陽大が孤独に陥るのは、現状、実に容易い事。悠の歪んだ愛情表現だけではなく、他にも陽大の孤立化を望む連中は幾らも居るだろう。悠に便乗する奴は多い筈だ』
何だって?
「ちょ…っと待って下さいよ。それじゃ天谷、陽大の事を苛めておきながら、今は仲直りしてて、でもまた同じ事を繰り返すっつー事スか…」
『陽大はあの性格だからな。悠とどんなやりとりがあったのか、仔細は知らんが、2人で何か話し合って元の形へ戻ったのは確かだ。元々、陽大は悠に甘い』
「甘い、とか…そういう問題じゃなくてー…」
相手はあの天谷悠だろ。
陽大、ガチで相当酷い目に遭ったんじゃねーか。
しかも、今より更にガキの頃の話だろ。
今でこそ天谷は生徒会に入った事で、柾先輩の監視下っつーか、以前より遥かにマシになってるけど。
マシになる前、ガキの頃の話なんだろ。
『大介の言いたい事はわかるが、とにかく、悠の動向に気を付けろ。当時は「俺達」が居たから、何とか大事には至らなかった…陽大のトラウマにはなっているだろう、が。
今は大介しか陽大の側に居ない。武士道も居るが、クラスや学年が違うのは大きい。陽大は限界突破しても、自分1人が耐えて済むならと我慢する。自分の傷は放って、他人の事情まで斟酌しようとする。
俺も気を回しておくが、この距離感では大した支えになれん。大介だけが頼りだ』
「…了解致しました。重々気を付けます。後で天谷悠の過去、雇用主サマが知る限りの情報を送信して頂けます?」
『あぁ。こちらはこちらで「阿修羅」を制圧しておく。九穂は現時点で大した脅威ではない。今は悠に気を付けろ』
「はい」
頼んだぞと言いおく雇用主サマに、そう言えばと想い出した事を伝えた。
「柾先輩が雇用主サマによろしくと言ってましたよー。貴方様の顔の広さに脱帽っス」
『はは、あの男らしい牽制だな。わかった、後でラブメールしておく』
ラブメールって。
どういう関係だよ。
踏み込みたくもねーから、スルーするけど。
ドン引きしつつ通話終了、携帯をポケットに突っ込み、まったくこの先が想いやられんなーと。
肩を鳴らしながら、浮かぶのは笑顔で。
面白いじゃん?
先ずは天谷悠、お前が相手だ。
バスケ部予算を適当にでっち上げて減らしやがった…積年の恨みもついでに晴らしてやんぜ。
2011-12-01 23:59筆[ 453/761 ][*prev] [next#]
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