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 目をしぱしぱ瞬かせていたら、先輩は話を進められた。
 「それは良いとして。朝、ありがとうな」
 「それはいいというか…へっ?!朝?!朝………?お会いしましたっけ…?お礼を言われるようなことなど、俺は何もしてないはず…してませんよね?」
 それは、ごく一瞬のこと。
 柾先輩の珍しい表情を見た。

 どこか、むうっとした表情。
 拗ねているみたいな、子供みたいな一瞬だった。
 「差し入れ」
 憮然と一言で言われて、やっと、想い当たった。
 朝の…!!
 

 「美味かった。ありがとう」
 
 
 そして、更に珍しい表情を見てしまった。 
 照れているみたいに、ぶっきらぼうな口調で、はにかんだように微笑っている。
 俺が勝手にしたことに、ちゃんと気づいてくださっていた…
 召し上がる時間なんか、あったのだろうか。
 却ってまた、気を遣わせてしまっている?

 いろんな気持ちが、ないまぜになって。
 「べ、別に、俺は………ただ、暇だったものですから?柾先輩、お忙しそうですのに、いろいろと気遣ってくださって…日頃お世話になっておりますから?」
 「何度も言うけど、迷惑掛けてんのはこっちだ。俺が陽大に気ぃ回すのは当然だけど。すげーびっくりしたし、嬉しかった。お陰で元気出た」

 もうまともに目を合わせることはできなかった。
 「それはようございました…え、元気出たって…元気なかったんですか?先輩が?」
 「どーゆー意味だよ、そりゃ」
 今はお元気そうだけれど大丈夫なんだろうかと、俺が想っても仕方がないことをまた想った。

 「陽大、早起きなのな」
 「当然ですとも!早寝早起きは健康の源ですから!」
 「どちらの爺様だよ…いつも何時に起きてんの」
 「世界の敬愛すべきお爺様方に失礼なことを仰らないで頂けますか。日の出と共に陽大あり!です」
 「ははっ、何のスローガンだそりゃ。大層結構な事で」

 「お陰さまで?早寝早起きを笑う者は早寝早起きから笑われる…俺など年中元気いっぱいですからね!風邪知らずですから!」
 ふんっと気合いを入れて拳を握って見せたら、バカ笑いじゃない微笑が視界に入って、慌てて目を逸らした。
 柾先輩と正面から目を合わせるのは危険!
 
 「じゃ、練習する?」
 「はい?」
 いきなり何の話…はっ、まさか差し入れのお礼にと、コーヒーのおいしい入れ方でも教えてくださるおつもりで?!
 そんなお気遣い無用ですのに、でも、でも…基本だけでもご教授願えましたら…!

 「え、何で急にキラキラしてんの…んなに本気なんだ、体育祭」
 「はいっ!是非お願いしますっ、師匠…っはい?!体育祭?!」
 「弟子よ…っつーノリでも無えけど。そ、2人3脚の練習。俺も朝起きんの得意だし?早朝は場所さえ選べば、人目につかねえからな」
 ににんさんきゃくのれんしゅう。
 頭の中で復唱して、それでもよくわからなくって首を傾げた。
 
 「練習…???」
 「いやお前、さっきまでのキラキラっぷりは何処行った。体育祭で組むだろ、陽大と俺で障害物2人3脚。練習しねえと確実に優勝出来ねえじゃん」
 障害物2人3脚!!
 優勝…!!

 「そうでした…柾先輩と俺が何故か組むことになったんですよね…面白愉快でたのし気な競技だったのに…何で因りに因って俺がトップ中のトップアイドルさまと並んでコスプレなど…はっ、そうか、全身真っ黒で顔も隠して黒子として後ろに付く、みたいな?それなら皆さんも納得ですよね!オッケーです!

 えっ、個人練習しちゃっても構わないんですか?俺としては恐れながら先輩の実力の程を確認させて頂きたいので、望むところですが?何せ黒子が前に出るわけには行きませんからねぇ…チーム貢献という重責もありますしねぇ…」

 ふうと腕を組みながら息を吐いたら、柾先輩は不敵に微笑っていらっしゃった。
 「言ってくれるじゃん?何せ体育祭初参加者がパートナーって、今までなかったからなー俺の足引っ張られたらマジで困るしー。ちなみに言っとくけど、障害物2人3脚は『(コスプレ+小芝居)+障害物走を2人3脚で突破』って競技だから。基本的にコスプレで黒子とか無えから。あーあ、今年は何を演らされんだか…」
 
 はい、ストップ。
 今、なにやら衝撃的なことを仰られませんでしたか? 
 「小芝居って…!小芝居って…???」
 なんでしょうか、この妙に気にかかる単語は。
 胸騒ぎに駆られながら再び首を傾げていたら、「お茶を貰えないかな」と生徒会のお仕事をされていた日景館先輩がやって来られ、ついでとばかりに疑問を氷解してくれた。

 「体育祭の相談か?障害物2人3脚の小芝居は大した問題ではない。単にコスプレに見合った短いセリフを、障害物の手前や区切りの良い場面で披露しながら、役になりきってゴールを目指すというだけだ。

 早ければ良いのだが…実は技術点も加算される。如何にコスプレにハマっているか、なりきれているか、芝居が下手でも感情が込もっているか、アドリブが巧みに生かされているか…見事な化けっぷりである程、点は高い。それも、2人揃って、が条件だ。

 前陽大、念の為に言っておく。昴はこの競技に出るのは初めてだが、例年コスプレで技術点の最高点数加算、コスプレ個人最優秀賞を取らなかった事はない。更に言えば、学園祭の舞台演劇で優勝しなかった事もない」 
 
 じゃ、って。
 さらっと言って。
 言うだけ言って、日景館先輩はお茶を片手に去って行かれた。
 その後ろ姿を呆然と見送って。
 呆然としたまま、くるっと振り返って、仰ぎ見たその御方は。

 「ふぁ〜あ………ねっむー…ちょっとだけ仮眠しよっかなー」
 悠長に欠伸をしておられた。




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