109.海


 この御方は、どこまで見晴るかしているのだろう…
 果てなどないような視線の奥深さ、視野の明るさに、呆然となった。
 あまりにぼうっとなり過ぎて、何故か、全然関係ない風景が頭をよぎった。

 陽の光を受けて輝く、瑞々しい草原がどこまでも広がっている。
 風が自由に行き交い、すべてを揺らしている。
 頭上にはどこまでも広い、雄大な青い青い空。
 やがて草原の行く手には、空の色を映しとった、穏やかながら底知れない深さの海が現れる。

 波間を光が踊る。
 風はまた、海の上をも通り過ぎ、世界中を巡りゆく。
 見たことのない風景なのに、柾先輩の声を聞いていたら、勝手に想い浮かんだ。
 そういうイメージなのかも知れない。 
 無駄に男前さんで、お洒落気で、頭もよろしければ喧嘩もお強いとの噂、状況に応じてくるくる知謀が回転される、どちらかと言えば他の皆さん方と同様、都会的な御方なのに。

 なんだか柾先輩からは、自然が見える。
 サバイバルよりは都会的に洗練された雰囲気を感じるのに、自然の中に在るほうが、とてもしっくりくる。
 どうしてだろう。

 「………てめぇの視点は楽観的で先の未来を読み過ぎる」   
 日景館先輩の呆れたため息に、柾先輩はお茶を飲みながら余裕でいらっしゃる。 
 「そんなんじゃねえけど。ほら、最近学園内でいろんな奴が目立ち過ぎて俺様の影が薄いじゃん?やっぱいつでもチヤホヤして欲しいじゃん?」
 「よくも抜け抜けと…バカが。後がどうなっても俺は知らんからな」
 「またまたぁ〜りっちゃんが俺に甘くて面倒見が良いっていうのは長い付き合いで知ってるんダゾ!」

 「長い付き合いながらお前のキャラクターを未だに把握しきれん」
 「莉人ってマジでツンデレ!陽大、こう見えて莉人は優しいからな。困った事があったら何でも莉人に押しつ…いや、相談したら良い」
 「待て昴、押し付けろって言いかけなかったか…?」
 「言ってないしー!ただ俺はぁ、りっちゃんが事後処理とかそーゆー細かい事?すんげー得意で神業級のスペシャリストだって知ってるけどさぁ」

 「お前は…!前陽大、もう既にわかっているだろうが、コイツの言う事は話半分に聞き流すのが1番だ!関わらないのが最善策だが!」
 お2人の仲良しさんぶりに、ゆるゆると、たぶん笑顔になっているであろう表情を浮かべながら。
 ずっと気になっていたことを、恐る恐る聞いた。
 「あの…折角のたのしいお話の途中で、話を巻き返すようで恐縮ですが…すみません、あの…」

 冗談混じりの言い争いの手を止めた、先輩たちのきょとんとしたお顔を交互に見ていると、つい口ごもってしまった。
 特に、柾先輩の、何をなさっていても消えずに在る、強い光を宿した瞳にはどうしたって敵わない。
 心の強さを瞳の中に灯し続けている、まっすぐな光。

 俺の口にすることなんて、些末な、弱いもので。
 先輩に聞いてもらえるようなことじゃないのにと、我ながらうんざりした。
 「………すみません、やっぱり、いいです。何でもありませんでした」
 「どした?何か気になる事があるなら、今の内に言っとけよ。体育祭準備期間中は弁当シフトも無えし、俺らもいつより走り回ってっから益々疎遠になる。今なら聞ける。どんな事でも良いから言ってみな」

 いつもなら、からかってバカ笑いするくせに。
 真摯な表情に促されて、再度重い口を開いた。


 「さっき、柾先輩が九さんに仰っていたこと…俺自身が身に詰まされました。すごく反省して、でも、とても正しいことばかりだけれど、とても厳しいことだとも想いました。
 俺はもちろん、人はそんなに強くありません…誰だって柾先輩みたいに強くなれたらいいなぁとは想っても、誰も、先輩以外は先輩になれないから…。

 うまく言えないのですが、自分の弱さを人と分かち合うことはできないんでしょうか。それはダメなことなんでしょうか?人に甘えて頼ることは、そんなにいけないことですか…?もちろん時間はかかるけれど、じっくり話し合うことで分かり合えて、それでお互いに切磋琢磨できることもあるんじゃないでしょうか…」


 柾先輩が目を逸らさなかったから。
 俺も、目を逸らせなかった。

 とても緊張したけれど、嫌な感じじゃなかった。
 「陽大らしいな」
 最後まで耳を傾けてくださった先輩が、目を細めて微笑ったけれど。
 むっとしなかった。
 それはやわらかな眼差しだったから。


 「何が正しいとか間違ってるとか、決めつけるつもりは無え。決めつける立場にも無え、俺にそんな領分は許されてない。俺とて絶賛扶養され中、未だてめえで税金も収めてないガキだし?特別、俺が強いとは想わねえよ。育った環境っつか、親兄弟皆に感謝してるだけで…家族が頑張り屋だから俺も刺激受けてるだけ。

 人に甘えんのも頼るのも、悪いとは言って無え。俺も家族に甘えっ放しだし。ただ、九は根本的にてめえにも周りにも不安があって、何ひとつ信頼して無え。それを偽って闇雲に動き回ってっからあぁ言っただけだ。
 先ずは何でもてめえ在りきだろ。てめえを僅かでも愛して無え信じて無え人間が、周りと深く付き合える道理がない。あいつは絶えず動揺して、何かに怯えてる。それは何なのか考えろって事。

 陽大みてえに何か悩みながらも、誠実であろうと努めてる奴の周りには、自然と人が集まる。逆に、お前はもっと周りを頼って甘えてみたら?武士道とか…武士道とか?結構寂しがってんぞ。お前は優し過ぎるんだよなー遠慮してすぐ引くだろ。
 陽大の周りはもっと甘えてくれって想ってるんじゃね」


 そう、なんだろうか…
 なんだか目が熱くなって、でももちろん、先輩たちの前でふにゃふにゃしている場合じゃないから、気を引き締めて首を傾げた。
 柾先輩は何もかもご存知のように、まるでいつもの如く気軽に頭を撫でるみたいに微笑って、それきりこのお話は終わりになった。



 2011-11-21 23:59筆


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