108.それは長い目で見た未来


 皆さんが大方食べてくださっていたとは言え、お弁当は大人数仕様、3人で片付けるには多すぎる。
 残っちゃうだろうなぁ。
 と、想っていたのだけれど。
 ぺろっと。
 けろっと。
 さくさくっと、御2人で完食してくださった。

 先輩方にお気を遣わせてしまったと、注意深く様子を窺って、すぐに止めた。
 揃ってまったくすっきりしたお顔だ、何の心配も要らない。
 もしかして、いつも足りないぐらいだったのかなぁ…
 そりゃそうか…大人に見える先輩達だってまだ育ち盛りさん、尚且つ(口惜しいことに)これだけ体格がよろしければ、食欲も旺盛なはず。

 いつもは1年生組さんたちに、お兄さんらしく(柾先輩はお父さんらしく?)譲って差しあげていただけなのだろう。
 足りない分は間食やおやつで紛らせていたのかも知れない。
 今後はもうちょっと量を増やそうと決意しつつ、食後のお茶を入れた。
 「「「ふー…」」」
 あらら、食後の満ち足りたため息が被ってしまいましたよ。

 常ににぎやかな生徒会室しか知らない俺には、この静けさはもの珍しい。
 緊張感はすぐにほぐれてしまった。
 それは意外な程リラックスしておられる先輩方のお陰だろう。
 さっきはおかずの取り合いという、子供っぽい一面を見たけれど、やっぱり根本的に御2人は仲良しさんで、気心知れた仲だろうから。
 仁と一成みたいなかんじなんだろうな。

 「………昴、まったりしてる場合じゃないだろう。前陽大に状況説明してやらないと、混乱したまま終わるぞ」
 おおっと、俺ったら!
 紅茶がほんとうによく似合う日景館先輩の冷静なお言葉に、慌てて姿勢を伸ばした。
 そうだ…一先ずごはんって食べ終わったものの、皆さんのこと、これから先のこと、なんにも不透明なまんまだ。

 これだけのんびりと、しかもものすごいメンバーさんに挟まれながらお茶を飲む、自分の呑気さが心底嫌になった。
 他の皆さんは今頃、とても複雑なお気持ちでいらっしゃるだろうに…
 あれだけ厳しい、俺自身にも深く突き刺さったお言葉を、直接受けた九さんは大丈夫だろうか。
 ひーちゃんや無門さん、優月さんと満月さんの、お父さんに見捨てられたみたいな、傷ついたお顔が俄に脳裏に甦った。 

 柾先輩には深いお考えがあるのだろうけれど、一体、どういう…「え、何。何かあったっけ」…ごはん食べたらコロっと忘れちゃえるぐらい薄っぺらいお考えなんですね、そうですかよくわかりました、心配した俺がほんとうに愚か者でした!
 「あー…前陽大、コイツのフォローは俺とて不本意だが。ちょっと待ってくれ。順を追って聞けばそれなりに納得出来る回答が得られる筈…多分」
 「………日景館先輩や皆さんのご苦労お察しいたします。お疲れさまです」

 「ありがとう、痛み入るよ」
 「えー何の話?陽大、労るなら先ず俺だろ」
 ああ、もうほんとうに大介さんも仰っておられたけれど、無駄に男前なお顔さんですねぇ!
 そして相変わらず、リラックスしていようと緊迫していようと、微塵の疲れも滲まなず見事なまでにお元気なご様子で!
 ほんとうに感服しますよ、ふん。

 「つまり、だ。今朝、九穂の号外で学園中が騒然とするのは火を見るより明らかだった。体育祭前に厄介事は避けたい。件の号外には日和佐先輩と前生徒会長も絡んでいる故に、我々でどうにかする必要があった。
 それをこの男が『俺が親衛隊も九も黙らせる』と宣り、今に至る訳だが…本人に聞きたい。てめぇが余計に引っ掻き回して、厄介事を更に幾つも増やした様に見えるのは俺の気の所為か…?どうなんだ、昴?」
 
 日景館先輩が青筋を立てて、柾先輩に詰め寄っていらっしゃる!
 俺はいち早く、挟まれた隙間から抜け出して、その様子をハラハラと見守った。
 「ヤダ〜りっちゃん、怖ぁい!」
 「てめぇのその喋り方より遥かにマシだろうが!」
 「プリンスと謳われる麗しいお顔が台無しよ!」
 「…昴、ふざけるのも大概にしろ…てめぇの狙いを吐け!」

 恐らく手加減なく揺さぶっておられた、日景館先輩の手が、ふいに止まった。
 柾先輩が手を添えているからだろうか、けれど特に力を入れている様子はない。
 ごく軽く触れているようにしか見えないのに、日景館先輩は舌打ちして身体ごと距離を取られた。
 「あんまり揺さぶんなっつの。眠てえっつーのに寝落ちんじゃん」
 「安心しろ、てめぇの今日の睡眠時間に関しては、後々3大勢力内でとことん追求する事が決定している。それよりさっさとてめぇの目論みを吐け」

 「こっわ!ちゃんと寝たって!」
 ぶつぶつ言いながら、乱れた首元を直しつつ…そう言えばもう、俺と九さんを迎えに来られた時のように露出されてないなぁ…柾先輩が俺を振り返って、座るように促してくださった。
 今度は慎んで真ん中を辞退し、先輩たちの前にある別のソファーへそろっと腰かけた。
 却って緊張するかもと後悔している間に、柾先輩の飄々とした声が響いた。


 「脅すのも宥めんのもどっちにしろ疲れんじゃん。嘘吐くのはガチ3大勢力の事だけで手一杯。どーでも良い奴らなら適当に誤摩化すけど?敵は間に合ってる、だったら味方を増やす。

 親衛隊には優秀な奴が多い。中でも宮成先輩の隊、日和佐先輩の信奉者、いずれも人材の宝庫だ。今は感情的になってるだけで、元々頭のキレる奴らばっかだから、俺に意識向けさせりゃ多少は冷静になんだろ。
 何せ『3大勢力は仲が悪い』『現生徒会長と前生徒会長は犬猿の仲』が学園のセオリーだ。俺がちょっと外に出てって衆目集めりゃ、九の事で揉めてる場合じゃない、益々俺だけに権勢握らせる訳に行くかって、直ちに動き出すだろ。

 九は1度正面から斬っておいた方が良いと想ってた。あいつを黙らせるには、普通誰もが見過ごして触れない所に敢えて踏み込むのが1番だ。あれだけ釘差しときゃ、当分てめえと向き合うのに必死で大人しくなんだろ。あいつも別に100%ガキなだけで、ちょっとでも成長出来りゃ中々面白そうじゃね?この先どうするかは本人次第だけど、縁あって十八に来たんなら、お互い何かしら学べることがあるだろうし」



 2011-11-20 23:48筆


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