107.両手に花<団子
葉ずれ、小鳥のさえずり、生徒さんたちの話し声、歩く物音。
窓の外から届く、平穏な光景を知らせる音に変化はない。
変わったのは、この豪奢な造りの室内だけ。
柾先輩、日景館先輩、大介さん、俺、そして、広げられたままのお弁当が取り残された。
最初に動いたのは、日景館先輩だった。
はぁと大きくため息を吐き、うんざりと柾先輩を睨んでいる。
「………確かにコレで九穂は暫く大人しいだろうが…?悠達を刺激してどうする。美山樹も不穏だ。嵐に対抗して別の大嵐を呼んでどうする」
「チビガキじゃあるまいし。莉人は過保護で大袈裟過ぎんだよ。だーいじょうぶ!其処に居らっしゃる音成大介君が、九君と美山君の事はどうにかしてくれるだろうし?ねー大介君?」
はっと、日景館先輩と同時に大介さんに注目してしまった。
大介さんはまさか矛先が自分に向くと想いもしなかったのだろう、目を見張り、引きつった笑顔を浮かべている。
そんな大介さんに、音もなく近寄った柾先輩は、どちらの悪代官さまですか、先程までのシリアスな空気はどこへ消えてしまったのでしょうか。
しかし流石はバスケ部で名を馳せる大介さん、危機を察知し素早く立ち上がり、出入り口へ移動しようと動いた。
後追いする柾先輩は、どこからどう見ても悪者です。
…ほんとうに、至極真剣な空気はどこへ行ったんですか…
「先輩ー悪い冗談は止めて下さいよー!つか、マジ無駄に男前過ぎる顔、近付けないで下さいー」
「逃げんなヨー音成大介君!大介君とは初等部の頃からず―――っとじっくりゆっくりお話してみたかったんだよネー!…なのにてめえ、散々スルーするわドタキャンするわ仮病使うわ笑って誤摩化すわ…よくも今の今まで俺から逃げやがって…屈折10年目にしてやっと同チームたぁ、舐めた真似してくれたもんだな、あぁ?」
「何の事かわかりませんよー全く身に憶えのない事ばかり!クラスやチームの編成に俺は無関係!そんな…俺如き部活バカが、天下の柾生徒会長様に見合う話題すら御提供出来ないばかりか、貴方様に釣り合う人間じゃありませんしー!ですからもう同じ空気吸ってるだけで恐縮過ぎて…勘弁して下さい!」
あらら…
お2人共すごい笑顔なのに、ちっとも爽やかではなく、黒いドロドロしたものが感じられる。
何やら因縁深そうだと、日景館先輩に困惑の視線を向けたら、お弁当の続きを召し上がりつつ静観しておられた。
…日景館先輩もマイペースな御方なんだなぁ…
「そういう判断ってさー、取り敢えず話聞いてから下すもんだよねー?先ず学園トップの俺の声に耳を傾けるのが、最低限の礼儀っつーもんじゃねえのかなー? バスケ部の教育どうなってんのー?大介君さー、わかってるー?俺の一声でてめえの大好きな部活の予算は愚か、廃部が左右されるって事ー!若しくは…旭(あさひ)に大介君が冷たいって…泣きついちゃう方が効果的かなァ…?」
「ひっど…!!マジ鬼畜…!!旭先輩だけは止めて下さいよ!!超イビられるんスから!!」
「だって…俺、もう片想いすんの疲れたんだもん…」
「捨てられた子犬の演技、完璧過ぎ…!先輩から聞いてた以上のクォリティ!!」
「っち、旭め…余計な事吹き込むなっつの。逆にイビり倒してやる」
「いや、それも止めて下さいよ…当たられんのはこっちなんスから…しかも今だったら体育際後まで持ち越されるから、余計に質悪いし…」
うーん???
柾先輩と大介さんって、面識があった上に息もピッタリ?
澱みなく展開する会話の流れに、ぽかんとしていたら。
日景館先輩に手招きされ、大きな4人掛けソファーに隣同士で腰掛けた。
「あまり食べていなかっただろう、前陽大。フォローが間に合わず済まなかった」
「!い、いえ…とんでもない、です…」
「悠のヤツ、グレてるみたいだな。君とチームが離れて、今以上に気安く会えない事が不満の様だ」
ぎくりと、心が震えた。
まるで意に介さずといったご様子で、黙々と食事しておられた日景館先輩に、どこまで見られていたのか、どこまで知られているのか…
「…すみません、お気を遣って頂いて…俺、昔からひーちゃんの気に触ることばっかり…」
「君が謝る事は何もない。悠の気難しさ、気紛れさは俺とて把握している。気にするな、取り敢えず食べよう」
頷きつつ未だに続く攻防戦に視線を向けたら、気にするなとまた言われた。
「直に終わる。昔から昴と音成の追いかけっこに勝敗はつかん」
そんなに昔から…?
日景館先輩の言葉が合図のように、柾先輩の気を逸らせる事に成功した大介さんが、ぱっと身を翻して扉の外へ出たのが見えた。
「大介、てめえ…!」
「すみませんー、何度お話頂いても俺は俺の意思を変えませんので!あ、でも、九と美山の事は引き続き適当にお守りするんで、ご安心を!じゃ、失礼しまーす!ほら早く行かないと、ヤツらまたとんでもねー事仕出かすから!」
「っち…てめえの『雇用主様』に精々よろしくな」
「………最後の最後で致命傷の一太刀、ありがとうございます…お邪魔しましたー!陽大、また教室でな!ごちそうさん!」
柾先輩、大介さんの雇用主さまのこともご存知なのだろうか。
びっくりしながら、いつも通りの爽やかな笑顔に戻り、扉の隙間から手を振られる大介さんに、なんとか手を振り返した。
大介さんはあっと言う間に走り去って行った。
「アイツだけは相変わらず食えねえ…」
眉を顰めたしかめっ面で柾先輩が戻って来られ、何故か、これだけたくさん空いてるにも関わらず、俺の隣へぽすんっと腰かけられた。
なんと…!!
右手にはトップアイドル、左手にはプリンス!!
こんな華のある状況に、俺など挟まれていいわけがありません。
それに両手に花よりは、断然、お団子を希望します。
「お茶…お茶、入れて来ます」
立ち上がりかけたら、おおきな、あったかい手に包み込まれるように引かれて、目を剥きそうになった。
「あるから良いし。それより陽大、マジで食ってなかったじゃん。とにかくメシが先!食欲なくても食えるだけ食っときな。話はそれからだ」
手…!!
手を離して頂けないものか。
でも、離してもらいたいなら、座るしかないようだ。
渋々腰を下ろしたら、呆気なく拘束が解かれた。
「莉人、てめえ…!たこばっか食うなよ!俺なんか1匹しか食ってねーっつの!」
「蛸は一杯、二杯と数えるものだが、たこウィンナーの場合は『本』だろうか?少なくとも『匹』は相応しくないのではないか」
「知るか!一先ずてめえの密かな第2の好物、厚焼き卵は貰った…」
「昴、てめぇ…!」
なんとまぁ、いつもは1年生組さんたちがいるからか、大人しくお食事なさる先輩方が、仁や一成と何ら変わらないレベルでお箸を動かしている。
おかしくて、想わず、頬が緩んでしまった。
いつもしっかりしている、大人っぽい先輩方なのに…
柾先輩に至っては、ついさっきまで恐ろしいぐらいの気迫だったのに…
「はいはい、取り合わないでくださいー。おや、今日は最下段がメインのお重なのに、重ねたまんまだったんですねぇ。はい、どうぞー!先輩方に差し上げますから、仲良く召し上がってくださいね。今週、どちらさまでも大人気だったスペシャルはるとボールと、うずらヒヨコのポテトサラダ、串刺しのいろいろ野菜グラッセでーす」
「「おお…!」」
途端に瞳を輝かせ、仲良く召し上がり始めた先輩方の様子に、心底ほっとした。
俺もやっと、すこしだけ食欲が湧いて来て、先輩につられるように箸を進めた。
2011-11-19 23:10筆[ 445/761 ][*prev] [next#]
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