106.「黙らせる」


 誰も動けない。
 仲良しさんな雰囲気のまま、凍りついたように静止している。
 お弁当を食べようとしていた動作、たのしくおしゃべりしようと向き合っている姿、腕時計に目を落とした形のまま。
 どう動きようもなく、固まっている。

 窓の外、立ち並ぶ木々から小鳥のかわいらしいさえずりが聞こえる。
 空をヘリコプターが渡って行く、プロペラの音も聞こえる。
 早々とお昼を食べ終わられたのだろう、生徒さん方の上品な話し声や、歩き去る靴音もここまで届いた。
 どこからどう見ても、穏やかな、のんびりしたお昼の時間。
 
 けれど、この部屋だけ外界の温かさと無縁で、とんでもない冷たさを有した緊張感が漂っている。
 俺の座る位置から皆さんと距離があるだけに、全体が見渡せた。
 見えたからといって、どうしようもできない…
 ただ、固唾を呑んで、空気を見量るしかなかった。

 1番最初に動いたのは、九さんだった。
 「なっ…何だよっ、コウ!!変な事、言うなよなっ!!オ、オレっ、オレが寂しいワケないじゃんかっ…!!何だよっ、急にそんな事言い出して…!!変だぞっ!!いくらオレを助けてくれたからって、言って良い事と悪い事があるだろっ!!ホント、変なヤツっ!!アハハっ」

 ガタリと立ち上がり、柾先輩の前へ立ちはだかった、九さんの両の拳が小刻みに震えているのがわかった。
 「動揺してんじゃん」
 先輩の、これ以上なく淡々とした事実確認が、無情に響き渡った。
 「なんっ…オ、オレ、オレは…!!コウが変な事言い出したからっ!!誰だって驚くだろっ、急にこんな…何なんだよっ!!メシ中に変な事言って空気乱すなよっ!!生徒の代表だろ?!皆に失礼じゃんかっ、マナー違反だっ!!」


 「寂しくねえヤツがてめえに注目して欲しいって行動すんのか。大声で話すのか。騒ぎを巻き起こすのか。

 耳障りの良い言葉だけ聞いて、何でもてめえの良い様に解釈して、てめえの正論で正義を語る。一言でも話せば友達、当たり前の交流の一貫で親友・大親友。そりゃ時には重要な事だろうな。明るい陽の光は誰だって好きだ、暗闇ばっか見たって前には進めねえ。限り在る人生、一期一会にマジ懸けてんならそれも結構。

 けど、てめえの想い通りにならなければ途端に泣いて逃げ出す、他人を責め倒すってえのは、筋が通らねえにも程が在るんじゃねえか。てめえがどうしても押し通そうとしたんなら、1度関わったんなら、欲しいと想ったんなら、最期まで責任持つのが道理だろう。

 てめえから手ぇ伸ばしておいて離す、他人に求め続けて我が身は何も差し出さねえ…身勝手な振る舞いが全部てめえに返って来てんのがわからねえなら、てめえの空虚さが満たされる事なんざ永遠に無え」


 誰も、動けない。
 変わらず静止した時間の中で、見ていることしかできない。


 「オレが…!!オレが、寂しいワケないじゃんかっ!!此処にもこんなに友達いるしっ、親友いっぱいいるし!!外にだっていっぱいなんだからなっ!!オレは、オレは仲間からも友達からも家族からも絶対に好かれててっ…!!そんな、そんな…だってオレは、いつも皆にちゃんと優しくしてやってるじゃんかっ!!どんなヤツにもこのオレから笑って話しかけてやってるじゃん!!それだけで十分だろっ?!何でこんなヒドく言われなきゃなんねーんだよっ!!コウ、ヒド過ぎるっ!!生徒会長だからって、ちょっ、ちょっとカッコ良いからって…図に乗ってんじゃねーぞっ!!オレが誰だかわかってんのっ?!オレは十八さんと親戚でっ、外の世界では阿修羅っていうデカいチームのヤツらと仲良くてっ、オレはすっげー強いんだからなっ!!コウなんか、十八さんや家に言ったら、今すぐでも会長から、」


 「誰か1人にでも愛されてる実感のある人間は、ちょっと突ついた位で動揺しねえ。誰のことも否定せず、静かに内省するもんだ。そもそも、もっと穏やかに存在してる。
 お前はいつも動揺してる。てめえの負の部分から逃げるみてえに、誰かに何とかして貰えないか躍起になって、本来のてめえを押し殺してる。何がそんなに寂しいんだ、何がそんなに不安なんだ」

 追い討ちをかけるように、先輩の落ち着いた声が、消せない今に刻みこまれてゆく。


 「てめえの弱さはてめえで大事に抱えろ。

 誰だっててめえの事で精一杯だ。一時の茶番に付き合っても、未来に余裕は無え。
 周りが大事なら、てめえの孤独を負わせようとするんじゃねえよ。

 孤独は分かち合え無え。てめえの事はてめえで責任持つからこそ、優しさが生まれる、人は愛し合える、分かり合おうとするんじゃねえのか。

 お前の主張だと、お前は男なんだろ?だったら尚更だ、男を語るんなら他人に甘えて立つんじゃ無えよ。てめえの足で立て無えなら、男だ何だと喚くもんじゃ無え。

 消え無え不安が在るなら、先ず為すべき事は、てめえの家族と向き合う事なんじゃねえのか。てめえの心と向き合える根性も無えのに、他人と心が通い合う道理は無え」


 立ちすくみ、震える九さんを避けるように、先輩は続けて叱責を飛ばした。


 「悠、宗佑、優月、満月。
 こいつ利用して、てめえらの寂しさ表そうってえなら許さねえ。 
 『誰か』に言いてえ事があるなら、直接『本人』と向かい合え。
 誰よりてめえが後悔する様な真似をするな。
 ガキじゃ無えんだ、てめえも大事な奴の事もなるべく傷付けんな」


 時が、動き出す。

 「………ヒドっ…ヒドいよっ、コウ!!!!!見損なった…!!お前なんか、お前なんかっ…大っキライだ…!!うわあああんっ」
 「…こーちゃんこそ、後悔しても知らないからね…?」
 「「お父さんのバカっ」」
 「…こーちゃん、ヤ。もう、知ら…ない。から…ね」

 ガタガタっと、たくさんの慌ただしい、乱暴な音がこだまして。
 険悪な視線が、いくつも交わされて。
 扉が、乱暴に開いて。
 
 世界が閉じる。

 また、静かになった。



 2011-11-18 23:56筆


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