104.「熱い」季節に向かいますゆえ、


 アイドル事務所…ならぬ生徒会室へ入ったら、皆さん揃っておられて、尚かつ大介さんと美山さんのお姿もあった。
 あれっ?
 大介さんはさっき、教室で別れたばっかりだった。
 美山さんはHRから欠席されておられた。
 あれれ?

 「あ―――!!ミキっ、お前…!!昨日から何処ほっつき歩いてたんだよっ!!心配してたんだからなっ!!待ってたのにっ、ずっと帰って来なかったし!!オレ、オレ、大変だったんだぞっ!!…もう、コ、コウが解決してくれたから良いケド…」
 九さんの瞬間移動に誰もが目を丸くする中、優月さんと満月さんが説明してくださった。
 「あのねー、飲み物買いに行ったらー」
 「購買付近でこの2人モメてたからー」
 「ゆーとみーとそーすけでゲット!」
 「お手柄でしょー面白いでしょー!」

 モメ…?!
 御2人さまが一体、どうしてまた?
 大介さんに視線を向けたら、苦笑して肩をすくめられた。
 美山さんは九さんに揺さぶられながら、うんうんと頷いていらっしゃる。
 大事でなければいいけれど…

 「つぅかぁ〜そんな事よりさぁ〜何でこーちゃんとはるちゃんと(ついでに)穂が一緒に来んのぉ〜?こーちゃんさぁ〜今日はずっと体育祭の事で引きこもりぃ〜って言ってたよねぇ〜え…?どぉいう事ぉ〜?何で『こんな時』なのにこーちゃんが動くのぉ〜?」
 人さまの心配をしている場合じゃなかった。
 顔はいつも通り笑っている、ゆぅるいしゃべり方のひーちゃんだけれど、目が据わっている。
 非常によろしくない状態だ。

 「…こーちゃん…変。いつも、お迎え、行かない。変。どうして…?」
 なんと無門さんまで?!
 「確かに妙だな、昴。お前が動くとか、一体何をやらかして来たんだ」
 え、え、表でも裏でも仲良しさんのはずの、日景館先輩まで?
 …先輩は黙っているのが不自然だから止むなく加わった、というふうに見受けられる。
 確かに俺も疑問に想っていたけれど、こんなふうに糾弾みたいに責められることなのだろうか。

 柾先輩に視線が集まる。
 大介さんは静かな眼差しで。
 美山さんは明らかに睨んでいる。
 優月さんと満月さんは、こてんと揃って首を傾げられている(余談だが、とてもお可愛らしい)。
 けれど、何ら動揺を見せない先輩が口を開く前に、九さんの朗らかな声がこだました。

 「何だよ皆っ!!そんなにかしこまっちゃって、大ゲサだなー!!コ、コウはっ、オレを庇いに来てくれたんだって!!すごかったんだぞっ、ぎゃーぎゃーうるさかったヤツらを一瞬でしぃーんとさせてさっ!!カ、カッコ良かっ…いやっ、何つーか、それよりっ、メシにしよーぜー!!オレ、すんっげえ腹減ったー!!」
 九さんは、ほんとうにすごいなぁ…またも助けられたような気分です。

 「ふうん…?じゃ〜ゴハンにしよっかぁ〜」
 ひーちゃんが納得していない様子ながら引き下がって、その声で空気が動き始め、正直ほっとした。
 息が詰まるような、硬い空気は苦手だ。
 人を責める場の言い知れない緊張は、心臓がどうにかなってしまいそう。
 1日に何度も味わいたくない。

 ふうと息を吐いて、皆さんがお弁当を広げてくださるのを見守っていたら、ひーちゃんがこちらへやって来て。
 なんだろう?と、へらっと笑いかけてみた。

 でも、いつもと変わらない笑顔で言われた言葉に、俺はひとり、凍りつくこととなった。


 「はるちゃんってぇ〜マジで何もわかってないよねぇ〜?いくら外部生だからってさぁ〜体育祭前なワケよ、俺ら真剣なのぉ〜わっかんないかなぁ〜?ハッキリ言うと弁当シフトどころじゃないんだよねぇ〜。まぁ作ったもんは仕様がないけどさぁ〜もっと空気読んでくれないとぉ〜。
 こーちゃんもそーすけもAチームだけどぉ〜生徒会なワケ〜。皆忙しいからはるちゃんに付き合ってらんないしぃ〜他は皆、敵チームじゃん〜?これからもっと気をつけてよねぇ〜最低限、弁当差し入れるだけとかがフツーでしょぉ〜?何で一緒に食わなきゃなんないのぉ?って話ぃ〜わかったぁ〜?
 基本、部外者は立ち入り厳禁だからさぁ〜体育祭前だったら見られてヤバいデータもあるしぃ〜?皆が優しいからって、あんまりカン違いしないでよねぇ〜?」


 喉が、カラカラになった。

 目を見開いて、呆然となって、ひーちゃんの言葉ひとつひとつを呑みこんで、やっと、謝らなくちゃって気づいた。

 「………あ…ひーちゃ……、俺、ごめ…」
 けれど最後まで言うことは叶わなくて、ひーちゃんの明るい大きな声でかき消された。
 「あっ!そぉそぉ〜ソファー1脚、新しくしたんだよぉ〜超座り心地良いからぁ〜はるちゃん、座ったら良いよぉ〜!おススメぇ〜『1人掛け』だからねぇ〜はるちゃん、特別に『独り占め』させてあげるぅ〜」

 指し示されたのは、ほんとうに素敵なソファーで。
 そこは、皆さんがめいめい腰を落ち着け始めたテーブルセットから、すこし離れた位置にあって。
 見るからに重厚な造りで、とても動かせそうになくって。

 「前陽大、ラッキーボーイ!」
 「そのソファー、超よろし!」
 優月さんと満月さんのキラキラの眼差し、見事に揃った親指を立てたポーズ。
 「良い、な、はると。おれも、その椅子、すき。」
 やわらかに微笑っておられる気配の無門さん。 

 「ええー!!良いなー、はるとっ!!オレだってまだ座った事ないのにー!!…ま、まぁ、良いけどさっ!!オレは、コ、コウの隣で我慢しよーっと!!」
 羨ましそうながら、いつより上気したピカピカの頬の九さんは、勢いよく2人掛けソファーに腰かけている。
 皆さんに、笑顔を返しながら。
 俺も座った。

 言われた通り、重厚な見た目に反してふんわりとスプリングの効いた、とてもいい座り心地のソファーだった。
 「「「「「いただきます!」」」」」
 テーブルに広げられたお弁当を前に、にぎやかに手を合わせてくださる皆さんに、動作と口の動きだけ合わせるので精一杯だった。



 2011-11-16 22:42筆


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