103.いかがお過ごしでしょうか


 広い、広い背中に、お昼の明るい陽射しが降り注いでいる。
 とてもぬくもりある光景、色彩のはずなのに、何故かモノトーン一色に見えた。
 完成された、これ以上ないポートレート。
 そんなふうに、スクリーンや誌面越しに見つめる、まるで縁のない遠い世界のように見える。
 目の前に、ちゃんといるのに。
 手を伸ばせば、触れられるはずなのに。
 呼びかければ、振り向いてくれるはずなのに。

 いや、果たしてそうだろうか…?
 始めから遠い人だった。
 重い責任を一身に負いながら、強く立ち向かう、一切揺らがない人。
 不可思議な行動のすべてに、実は意味がある、誰より先を読んで動く人。
 今も、ほら、まっすぐに背を伸ばし、どんな雨風が吹き荒れようと堪えないであろう、しっかりした足取りで歩き続けている。

 1歩進む度に聞こえる歓喜や声援に、澱みなく笑顔で応じながら、時には気さくに手を振って、ますます周囲に喜びが満ちて行く。
 波を、率いている。
 風を、操っている。 
 どうしてこんなふうに。
 どうして、この人だけが。

 昨夜は仁たちと別行動で、誰よりすごい仕事量で、遅くまで作業していたはずだと、すこしだけ聞いた。
 まったくどこにも疲れが窺えない、余裕の笑顔が絶えない横顔をぼうっと見上げ、すぐに視線を逸らした。
 この人の有する強さは、次元が違う。
 なにかしら腹に括った覚悟が、相当の根を下ろしていて、誰にも隙を見せない。

 きっと、それはプライドだとか、わかりやすいもので構成されていなくて。
 いろいろな想いが混ざり合っていて、その中には、周りに対する想いやりもあるのかも知れない…
 そうじゃないと、こうして笑顔で歩き続けることなんて、できない。
 この人が心安らぐ場所は、ほんとうにあるのだろうか。
 気を緩めて、たまには弱音を吐いたり、心の底からリラックスして休む時間は?

 たくさんのお仲間さんがいても、ずっと独りきり、みたいで。
 こうしておろおろと、ちっとも役に立たない気を回すこと事態、邪魔になってしまうかも知れないけれど。
 そうだ、こんな強い人には初めてお会いしたから、どうにもわからない。
 黙って大人しく、この人が作り続ける今を享受しておけばいいのだろうけれど。
 どうしてもなんだか、心配になってしまう。

 そんな必要はないだろうに、求められてもいないのに、放っておけないような気になるのは、俺がお世話になり過ぎているからだろう。 
 ああ、でも、朝のお弁当の件は謝っておかなくては…
 ほんとうに余計なことをしてしまった。
 俺なんかやっぱり、ちっとも役に立たない。
 謝るチャンスが果たしてあるだろうか。

 御本人を見ないよう、いつの間にか奪われたお弁当の包みに、そっと視線を向けた。
 「コ、コウって、マジで何かすげーよなっ!!」
 「意味わかんねえけど、当然。俺様だからな…?」
 「はー…マジすっげーよ…オ、オレの事、か、庇ってくれたしっ…」
 「んなつもり無かったけど?」
 「謙遜すんなよっ!!良いんだ、オレはちゃんとわかってるからなっ!!あ―――、何か顔熱っ!!」 

 隣に並び、ちいさなわんにゃんさんのようにじゃれつきながら、たのしそうに会話を交わせる九さんはすごいなぁ…
 ただ感心した。
 俺は、なんだろう。
 御2人の高低差のある後ろ姿を見つめた。
 このまま…
 このまま、お暇してしまおうかな。

 朝の件はまた後ほど、不躾ながらメールでていねいに謝罪させて頂く、それでいいんじゃないか。
 だって柾先輩は、忙しい御方なのだから。
 俺までにお時間取って頂いてる場合じゃないのだから。
 今日が1学期最後のお弁当主シフトだったけれど。
 ひーちゃん、優月さんや満月さん、無門さん、日景館先輩にお会いしたかったけれど…
 またの機会、ということで。
 もうすぐ生徒会室に着いてしまう、その前にそうっと立ち去ろう。

 お昼ごはん、どうしようかなぁ。
 この時間だと、食堂も購買ももう無理だ。
 しょうがないけれど、午後の授業でカロリー消費するものはないことだし…とりあえず教室に戻ろう。
 えいっと立ち止まった。
 御2人はそのまま、歩き続けている。
 距離が空いていく。
 たのしそうな明るい声が、どんどん遠ざかって行く。

 しばらく見送ってから、ちいさく息を吐いた。
 よし、だいじょうぶ…
 すぐに踵を返せなくて、数歩、じりりと後ずさった、その時。


 「陽大?何してんだ」


 1度も振り返らなかった。
 迎えに来て頂いて、歩き始めてから、視線すら合わなかった。
 周囲の皆さんのお声の応対で大変で、九さんととてもたのしそうで、意識は前にしか向いていなかった。
 既に、目的のお弁当はお渡ししている。
 絶対に気づいていないはずだった。

 人間の視野は限られている。
 それなのに、気づかれた。
 どうしてこの人は、俺ごときにまで神経を向けられるんだ。
 「はると〜?!何してんだよー!!早く早く!!メシメシ!!」
 距離があるのに、こちらをまっすぐ見ているのがわかる。
 何も言葉を発していないのに、何を望んでいるかがわかる。
 どうして?

 怪訝そうにぶんぶんと手を振ってくださる九さんが、ここに居てくださって、ほんとうによかったと想った。
 明るい九さんの存在のお陰で、固まっていた足を動かすことができた。
 「すみません、ちょっと…景色を見てたらぼーっとしちゃって…お待たせしました」
 「景色ー?!もうっ、またかよー!!はるとは毎日毎日そこら中キョロキョロしてるクセにー!!いい加減飽きただろー?!」
 「いえいえ。どんなに眺めても飽き足りませんー」

 柾先輩はただ、こちらを見て微笑って、もう目前だった生徒会室の鍵を開けられた。



 2011-11-15 22:56筆


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