102.よい季節になりましたが


 歓声と声援がどんどん近寄って来る。
 それはピタッと、我が教室前で止まったかと想ったら。
 カラッと軽快に扉が開いて、外からも内からも歓喜の悲鳴がこだます中、不思議とよく通る声と目力パワーが俺の元まで届いた。
 「陽大、迎えに来たぜ…?」
 「「「「「きゃー!!柾様ー!!」」」」」


 む…!!
 むっ?! 
 迎えに来た…?!
 何故…!!
 何故、超ご多忙のトップアイドルさま方の中でも更に多忙を極めるアイドルリーダーさまな柾先輩が、わざわざ出向いて…?
 
 いつもお弁当シフトの時は、こちらから皆さまの元へ赴く。
 ごくたまに、ひーちゃんか優月さん満月さん、もしくはその中に無門さんが混ざる形で、アイドル年少グループさんが迎えに来てくださることがある。
 日景館先輩はもちろんのこと、柾先輩自らがやって来られることなど有り得ない。
 年少グループさんだけでも大騒ぎなのに、先輩たちが来られたらパニック勃発になるのがわかっているからと聞いている。

 確かに、お弁当シフトが決まったきっかけになった日のことを想い返すと、毎日あんな状態だったら大変だなって想う。
 ファンの皆さまはとにかくとして、平穏に過ごしたい方々もいらっしゃるのだから。
 それなのに、何故?
 体育祭の打ち合わせならばまだしも、本格的に学年混合チームとして動き始めるのは来週からだ。
 昨夜号外が出ただけに、こんな騒然となるのがわかっていて、何故?

 「「「「「柾様…!!素敵…」」」」」
 「「「「「あーん、やっぱり柾様なら抱かれたい〜」」」」」
 「「「「「今日は何だか一段と…ごくりっ」」」」」
 そしていつより熱いラブコールが絶えないではありませんか。
 ちらっと見て、目が合わないうちに素早く視線を逸らした。
 これは、いつぞやの朝礼とか新入生歓迎会を彷彿とさせます…いや、あの時々よりもずっと凄絶なまでのオーラ、一体何ごとでしょうか?

 寝起きのようにわざとラフにセットされた髪…無論、だらしなく見えません。
 いつもよりボタンが留まっていないシャツに、さらっと腕まくりされたブレザー…無論、だらしなく見えません。
 誰よりお忙しい筈なのに、妙にツヤのある肌に映えるシルバーのアクセサリー…無論、だらしなく見えません。
 何より、熱のある強い瞳…恐らく実際に熱はないと見た。

 このすさまじい色気というか、毒気っぷり…!
  
 今、お昼ですよね?
 たのしいたのしい、ランチタイムの幕開けですよね?
 ここは高等学校ですよね、まだ10代の成人前男子が集う、健全な高校教育が施されて然るべき学び舎ですよね!
 恵まれた自然環境に寄り添った立地の筈ですよね。
 なんなんですか、この御方は!

 何故こんな…くぅっ、俺がどんなに修行を積み時を重ねても、ここまで男らしく大人っぽく成れないだろうと嘲笑うが如き姿…どうせ俺など男前の足元にも及ばないちいさな人間なのだと見せしめるが如き毒々しさ…なんなんですか。
 まさか…今朝の仕返しに?! 
 よくもあんな嫌がらせしてくれたなぁ、よしわかった、学園でますます悪目立ちさせてやるよ、的な?!

 別に、まったくもって嫌がらせのつもりなんかじゃなかったというのに、こんな幼稚な仕返しっぷり、大人っぽく見えるくせに中身はやっぱり子供じゃないですか。
 ああ、それにしてもどう対応したらいいのでしょうか。
 どなたさまか、ちゃんと柾先輩対応マニュアルを提供してくださらないと、俺は途方に暮れるばかりです。
 なんだかさっきから魂が抜ける出来事ばかりだ、とほほ。

 心中、混乱の嵐でいっぱいいっぱいになっていたら。
 騒動が起こっていた。
 瞬間移動を体得されている九さんが、柾先輩の正面に立って、なにやら一生懸命お話なさっておられる、その前後から罵声や野次が飛び交っていた。
 「なっ、なんだよ、お前らっ!!オレは、コ、コウと話してんのにっ!!邪魔すんなよなっ!!オレが変装してないからって嫉妬すんなよ、みっともないっ!!」

 「ちょっと、身の程知らずにも程があるんじゃない?!」
 「よっ、『微』少年!!」
 「ギャハハ、マジウケるー!」
 「柾様にその程度のルックスで近付いて良いと思ってんの?」
 あちこちで沸き起こる、暗い空気に満ちた笑い声。

 「なっ…!!何でお前ら皆、はるとみたいに素直じゃないんだっ?!なぁ、コ、コウ!!お前ならわかってくれるんだろっ?!オレ、オレってさ、かわ」
 「はい、却下ー!」
 「おい『微』少年、お前さー鏡見た事ありまちゅかー」
 「親衛隊の方が余程マシ」
 「もう黙って消えてー」
 止まらない。

 止められない。

 「大体、風紀委員長にまで近付くとか有り得ないよ!」
 「外部生のクセして何様?!」
 「宮成様と話したいなら、下っ端雑用から始めてよねっ!」
 「大人しく下界に帰れば?」
 「身のないナルシスト程ウザいもんはないの」
 「かわいそー下界だったらチヤホヤして貰えたかもねー?」 
 「日景館様がお気の毒過ぎる…!さぞご心労がたたって居られるだろうな」

 「ビミョーな分際で、役職トップの奴らに媚び売りやがって」
 「渡久山様を差し置いて宮成様に腰振るなんて…」
 「美山様をどうするつもり?!」
 「皆さん、お可哀想…」
 「あーあ、やっぱり外部生なんてろくでもない」
 「完全エスカレーター制にすれば良いのに」
 「マジ波乱あり過ぎ、疲れるわー」

 九さんのお声をかき消す、たくさんの声は、俺に深く突き刺さった。
 いつしか廊下いっぱいに他クラスどころか、他学年の生徒さんまでもいらっしゃって、敵意の眼差しで教室内を覗きこんでいらっしゃる。
 内にも、外にも、どこにも行き場がない、どんな糸口も見つからない。
 どうしよう…どうしたらいい?
 ぎゅうっと、手にしたお弁当入りの紙袋を抱えつつ、ただおろおろしているしかなかった。

 その時、コンコンっと、奇妙なまでに明るく響いた物音。

 重なる悪意の隙間を心得たタイミングで聞こえた、顔を上げたら、柾先輩が扉をノックしたところだった。 
 「お前ら、わーわーぎゃーぎゃーうるっせぇ」
 にっこり笑う先輩に、誰もが意識を持って行かれたのだろう。
 途端に静まり返ってしまった。
 凄絶な色香が、登場時よりずっと増している。
 というか、今の今までこの御方、気配を殺していた…?

 人を惑わす、強烈な甘さに満ちた誘惑の眼差しが、辺りを隅々までゆっくり見渡して、1人1人に確かめるように小首を傾げ、更に笑みを深くしている。
 

 それは、圧倒的にこの世界に君臨する、唯一無二の王者の貫禄。


 「他の男の話で盛り上がってんじゃねえよ…いい加減、流石の俺もキレるぜ…?てめえらの興味は全部俺のものだろうが…些少な事に一喜一憂してる暇なんか無えだろ。わからねえなら身を持ってわからせてやろうか…?誰様が此所のトップなのか…」


 誰も、逆らえない。



 2011-11-14 23:41筆


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