99.孤独な狼ちゃんの心の中(12)


 音成の後ろ姿を見るともなく見て。
 1歩、進みかけてすぐ立ち止まった。
 クラス内はついさっきの空気が嘘の様に、俄に盛り上がってやがる。
 此所は俺の居る場所じゃねー。
 俺は、音成じゃない。
 あんな胡散臭いヤツの真似は御免だ。

 踵を返した所で、後ろから不気味な程ひっそり出て来た一舎と目が合った。
 ガキの頃から虚弱で知れた変人が、異常に白い顔でこっちを見ている。
 てめーに見咎められるまでもねー、俺はクソくだらねー馴れ合いに参加しないと睨んでやったら。
 悪霊みてーな濁った眼差しで、睨み返された。
 何だ、コイツ…
 生きながら死んでる様な薄気味悪ぃ存在は、そのまま静かに消えて行った。
 夢でも見てるみてーな、実感のない一瞬だった。

 気味が悪ぃ。

 一舎だけじゃない、何もかも。

 勝手に飛び出してった穂が、因りにも因ってクソ風紀と元バ会長に遭遇し、朝っぱらから号外で取り上げられ、これ見よがしに変装解いてんのも。
 事ある毎に前を庇う合原の、正義の味方ぶった行動も。
 腹黒い本性隠して上手く立ち回る音成も。
 胡散臭いクラスの団結も。
 3大勢力なんつー大ゲサな呼称の元でふんぞり返ってやがる連中も。
 それに媚びて群がる連中も。
 てめーは何も出来ねーのに、それを羨む連中も。

 イラついて仕方ねー。
 学園が腐ってんのは昔から知ってる。
 今更改めて、その腐敗っぷりが鬱陶しい。
 それより1番イラつくのは、前だ。
 何だ、あのクソガキ…
 知った風な口聞きやがって、外部生のてめーに何がわかる?
 綺麗事で固めてヘラヘラして、周りの注目を集めて、てめーはそれで良い気分だろう。
 さぞ楽しい毎日だろう。

 誰にでも分け隔てなく接して、公平で、優しい優しいお母サン気取りか…ふざけんな。
 てめーの言葉通り、結局、前は誰とも向き合ってねー。
 『1人1人、出会う人の本来の姿を全部知ることは、なかなか難しいことじゃないですか』
 『どなたさまにも人生があって、喜怒哀楽があって、抱えている想いがあって…全部知りたいって想っても、お互いが心を開き合おうとしたら相当時間がかかることでしょう』
 だから、か。
 誰にでも良い顔する分、個人に時間かけてる暇がねー。
 誰とも向き合わねー、誰の姿も知ろうとしねー。

 「特別」がない。
 「特例」は有り得ない。
 学園は腐ってる、だからどいつもこいつも気づかない。


 それぞれに寄り添うフリして、味方の様に優し気に見せかけて、前は誰にも心を許してない。
 
 
 認められた、個々を見て貰えたと安心した所で、「その先」は永遠に無い。 
 あいつはそれこそ、何処にですっ飛んで行く。
 誰の元へでも、自由に。
 
 マジでイラつく。
 誰も気づかねーのか?
 穂は仕方ねーとしても、武士道も?
 中等部で親衛隊トップに立った合原も?
 あの音成でさえも?
 前の側に居たからって、何もねーのに。
 馬鹿じゃねーか。
 くだらねー。
 全員消えれば良いのに。
 
 「んー?コラ美山ぁ、もうHR始まんぞ。何処行く気だ、俺様のHRサボんじゃねーよっ」
 このホスト崩れのチャラチャラした馬鹿も、学園全部、消えろ。
 「気分悪ぃんで、帰ります」
 「あぁ゛?てめぇ、どんだけ内申下げる気だ?出席日数も既にヤベぇだろぉが、ガキくせー嘘吐いてんじゃねぇよ」
 うるっせぇな…!
 てめーにはどーせ関係ねーだろうが!

 俺の行く末がどうなろうと、此所の誰にも一切関係ねーだろ。
 てめーの経歴にちょっと傷付くぐらいで、ガタガタ騒いでんじゃねーよ!! 
 暴れ狂う、吹き荒れる、黒々とした風。
 中等部から飼い馴らして来た風がまた、俺の中で大きく成長している。
 「おい、美山!」
 「………マジで、調子悪ぃんで。失礼します」
 俺には何もない、この狂った衝動ぐらいしか。

 クソウゼー業田を振り切ってから、闇雲に学園の裏庭を歩き続けた。
 何も持ってない。
 行く当てすらない。
 未来も何もない。
 会いたいヤツも、居ない。
 磨くべき可能性が無い、だから蔑ろにされるしかない、無意味に生きてるだけの躯。
 そこらの木を蹴飛ばせば、驚いた様に鳥が飛び去った。

 何も持たない俺は、この腐った監獄の中から飛び去る事すら出来ねー。
 
 『美山さん!』

 もう近くで見ていた筈の笑顔も消え失せた。
 俺は変わらず空っぽで、それは一生不変の事実だろう。
 


 2011-11-11 23:06筆


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