97.一舎祐の暗黒ノート(4)


 気持ち悪い。
 気持ち悪い。
 何もかも、全部気持ち悪い。
 この隅々まで不気味な程に磨き抜かれた、真っ白の洗面台でさえ、吐き気を止めてはくれない。
 勢い良く流れ、薄汚い地中へ還って行く水の流れを見つめた。
 汚濁の流れに見えた。

 過敏に清潔を保たれている学園中、全部澱んでいるのは知っていたが、今は見るモノ全てが心底おぞましい。

 息を吐いて顔を上げたら、其処には何よりおぞましい自分の白い顔が、水滴を滴らせて存在していた。

 汚れた手を容赦なく鏡に打ちつけ、再び洗面台へ顔を伏せた。
 もう少しで面白いショーが観れる所だった。
 もう少しだった。
 あの幼稚でビミョーな容貌の持ち主は、明らかに歪な思考を持っている。
 ポケットを探っていたのは何だったのか。
 恐らく、それはとても美しい惨劇が起こる筈だったのに。
 高飛車な会長親衛隊の澄ましたツラが、無惨に変化する筈だったのに。

 あのまま、放っておきさえすれば。
 それが、最後まで観るに耐えない、クダラナイ芝居へ変わってしまった。

 「…邪魔しやがってっ…邪魔しやがって邪魔しやがって邪魔しやがって…!!」
 
 洗面台を滅茶苦茶に殴りつけて、その負担で身体がグラついた。
 不吉に早まる心臓の鼓動、揺らぐ視界、けれど思考だけは妙に冴え、深い暗黒の闇を広げ続けている。
 水が流れる音は、少しも気持ちを落ち着かせなかった。
 何故なら、こんな音よりも耳の奥にこだまし続ける声…!
 脳裏に焼きついて離れない呑気な笑顔…!
 それに対する怒りと憎しみと不快感で一杯だから。 

 洗面台についた手が、がくがくと震えた。
 色素の薄い手の甲に、幾重も浮かび上がる青白い血管。
 『誰だって、それぞれ、特別で注目に値する人間なんだって想います』
 『何かしらの磨けば光り輝くものを持っているんだって…』
 『上手く言えませんが、蔑ろにしていい人なんて居ない、俺はそう信じたいです』 
 馬鹿じゃないのか。
 さも低層で蠢く人間ならではの、無駄な楽観思考だ。

 羨みと妬みから発した感情が手前勝手に歪んで、都合の良い様に劣等感を塗り替えているだけではないか!
 弱者の遠吠えに過ぎない。
 惨めな生涯を送るしかない、愚かで哀れな人間のただの負け惜しみだ。
 下らない!
 何てツマラナイ、凡庸な下等生物か!
 いっそ素直に上位の人間に媚びへつらい、大人しく追従して居れば可愛気があるものを。
 
 ありきたりの言葉で飾り立てた、ある意味、見事なまでの綺麗事。
 誰もが特別で注目に値する人間だって…?
 ならば世界は何故、幸福に満ちていない?
 何故、争いは絶えない?
 どうして一部の人間だけ高笑いして、格差は広がるばかりなのか。
 銃を持った残虐な極悪人を前にしても、オマエは笑って手を差し伸べる事が出来るのか。
 暴力の矢が降り注いでも、犯されながらも、オマエは幸せだと、信じているとヘラヘラできるのか。

 「実に…笑わせてくれるネェ…!」

 咳き込みながら、嘲笑は止まらない。


 オマエはこんな俺を知ったとしても、最期まで笑って居られるのかい?


 良いさ、バカ共。
 想い知らせてくれる。
 最低レベルの人間の、クダラナイ世迷い言にそそのかされた、結局狂っているに過ぎない愚か者共め。
 一時の安穏に、精々酔い痴れているが良い。
 耳に心地いい綺麗な言葉に、惑わされるが良い。
 1度は信じた世界が、無惨に崩壊する瞬間。
 2度とは信じられない、絶望を味わうだけの日々。

 そして悔いるが良い。
 今日この日の存在を。
 バカな他人に流されるまま道を違えた、己の弱さを。
 人は容易く変わる、1度穢れたら終わり、暗黒の前では特に無力なのだ。
 (俺はもう何処にも戻れない)

 (この身の何処にも磨くべき所はない)

 (見えないんダヨ、もう何も…!)


 ああ、今日も目の前が、真っ赤で、真っ暗だ。


 奇跡は起きない。
 何も、信じるべきものは無い。
 忘れない、今日という日を。
 オマエが自ら進めた、破滅へ、近付いたこの日を。
 何故かあの笑顔が脳裏にこびりついて離れないのは、どん底へ突き落とした時とのギャップを知りたいから、記憶に留めているに過ぎないのだろう。



 2011-11-09 23:59筆


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