96.人は誰もが主人公


 この、不自然な静けさ…!
 気まずい。
 とっても気まずい。
 そして、大変申し訳ない…!
 俺は入学以来、何度、学校の空気をぶち壊して来たのだろうか…計上するのも恐ろしい。
 クラッシャー陽大…?
 空気読めないと言えば俺?
 十八学園ナンバー1を誇る空気クラッシャー?

 そんなリングネームみたいな冠詞が付いたとて、うれしくありませんし、自分の愚かさに涙さえ浮かんでしまいそうだ。
 ああ、だけどどうしても黙っておれなかったんです。
 ごめんなさい、皆さん。
 朝から変な状態へ持ちこんでしまって、大イベント前なのにほんとうに申し訳ありません。
 変な汗と逸る鼓動に翻弄されながらも、俺は精一杯笑った。
 こんな時に焦っても仕方がない、1度招いてしまったことは元には戻らない。

 落ち着いて、呼吸を深くして。
 トゲトゲした教室内の空気、全部一新できるように願いながら。
 クラス中を、ゆっくり見渡してにっこり。
 目を見張って固まっておられる合原さんを、じっと見つめてにっこり。
 急に訪れた不可思議な静寂に、ぽかんと顔を上げておられる九さんと、視線を合わせてにっこり。

 「九さん、びっくりしちゃったんですよねぇ」

 なるべくゆっくり、ゆっくりと言葉を繋げた。

 「すみません…俺は今朝、ちょっとバタバタしていたものですから、号外を知らないんですよー。いきなり昨夜のことが記事になっちゃって、心ない言葉で好きなように書かれちゃって…九さん、びっくり仰天ですよね、それは…あたふたしちゃいますよね。
 俺も入学以来、校内新聞さんに登場したことが何度かあるので、お気持ち十分にお察しします。
 なんでも、学校でも新聞報道部さんはミステリアスな存在らしいですよー。どなたさまが部員さんなのか、誰も知らないんですって!そんなふうに、よく存じ上げていない、知らない方々の手で自分のことを書かれたら…どんな内容だって、すごく怖くなりますよね」

 九さんの眉尻がどんどん下がって行く。
 クラスの皆さんから、まばらに、ちいさなため息が漏れ聞こえた。

 「けれど、全寮制で奥深い山の中にある学校だということで…そりゃあ昨今はインターネットの普及で娯楽はたくさんありますが、それでもやっぱり何らかの、現実的な刺激を求めてしまうところは、若いだけにどうしたってありますよねー。校内新聞さんは、そういう役割を担っている存在なんだと俺は勝手に想っております。人はどうしても、弱くて強いから…」

 今現在奮闘なさっておられる、この瞬間だって役割を果たしておられる、3大勢力さんたちのお姿が目に浮かんだ。

 「ほんとうに勝手な持論で恐縮ですが、だから、そういう刺激に流されないで、本来の自分を保って自分自身の目で、十八学園という世界を見つめたらいいかなぁって。どう取り上げられても、あることないことを言われても、揺るぎない自分でいられたら…大切な人たちにさえ、すこしでも理解してもらえたら、それで万々歳だと想うんです。

 だって自分だって数少ない情報の中で、人を見ているから。1人1人、出会う人の本来の姿を全部知ることは、なかなか難しいことじゃないですか。どなたさまにも人生があって、喜怒哀楽があって、抱えている想いがあって…全部知りたいって想っても、お互いが心を開き合うまでに、相当時間がかかることでしょう」

 わかり合えることなんて。
 とても難しいけれど。
 
 「俺は、九さんも合原さんもとても素敵な御方だって想っています。まだよく存じ上げておりませんが、容姿もさることながら、俺にはないものをたくさん持っていらっしゃるから…俺などほんとうに平凡を現したつまらない者ですからねぇ…他の皆さんも、合原さんの仰る通り、会う方会う方素敵な方ばかりで、ほんとうに勉強になることばかりなんです。
 俺にとったら、皆さんそれぞれ、可愛らしい面もあり格好良い面もありユニークな面もあり…個々にポイントが違うから、それが魅力になっていて素敵だなぁ、いいなぁって想います。

 でもそれは、どこに行ってもどんな世界でも同じことだと想います。誰しも一面だけでは語れない…目に見えてわかり易く秀でていたら、安心して注目できますが…誰だって、それぞれ特別で、注目に値する人間なんだって想います。何かしらの磨けば光り輝くものを持っているんだって…上手く言えませんが、蔑ろにしていい人なんていない。俺はそう信じたいです」

 コンプレックスだらけの俺だから、特にそう想う、そう願ってしまう弱さがあるのだろうけれど。
 別に目立ちたいわけじゃない、大勢の人々に賞賛して欲しいわけじゃないんだ。
 ただ、自分にも何か、この世界でできることがあるんじゃないかって。
 誰か、たった1人に対してでもそれはすごいことだ。
 1人でも心を温められる、力が自分にもあるんじゃないか。

 それはきっと、こういうの好きだな、これをしていると時間を忘れるなっていう、ちょっとでも好きで夢中になれること、得意なことの中で発揮できるんじゃないか。
 意識せずとも自然とできる人もいるだろう、十八学園にはたくさんいらっしゃるに違いない。
 でも、それぞれ違う生い立ち、環境の中で得て行くことだと想うから、自分は自分のペースでいいと想うんだ。

 今すぐじゃなくてもいい、遠い未来でも、何かできるって信じていれば。

 ほんとうに心から笑って、歩き続けられるから。

 「うぃーっす!はよー…って、何?!どした、皆???」
 おお、大介さんったら!
 何とまぁ…俺とは違って素敵なクラッシャーさん!
 珍しく遅めの登校だ、大介さんの明るいお声と、大きく扉を開いた動作に因って、教室内の空気がほぐれて行くのがわかった。

 「おはよー、陽大!どしたの、何かあったー?」
 「おはようございます、大介さん。いいえ、なんにも!大介さんのいない間に皆で体育祭頑張ろー!って盛り上がってただけですよー」
 「え、俺も入れてー『5ミリ』の精神で必勝Aチーム〜!!」
 「…5ミリはとにかく…オー!!」
 「「「「「オ、オー…!!」」」」」

 元気に拳を振り上げたら、クラスの皆さんも勢いでノってくださった。
 よかった、よかった!
 「………うるさくして、ヒドい事、言って…ごめん…」
 「…っ!…こっちこそ、ついイライラして暴言吐いて…ごめんねっ」
 背後でちいさな呟き、2人分聞こえた。
 ほんとう、よかった!

 ほっとしていたら、くいっと袖を引かれて。
 なんだろうと想ったら、子犬がすっかりしょぼくれたようなお顔の九さんが、顔を真っ赤にしておられた。
 「………はると、……ごめん……」
 「九さんて、ほんとうにお可愛らしいですねぇ!」
 「えっ…」

 「俺が言うのもおこがましい話ですが…素直に我が身を振り返って反省し、すぐ謝れるなんてとっても立派なことですよ。なかなかできないことです。俺も九さんの素直さを見習わなくっちゃですー。こちらこそ出しゃばって余計な事してすみませんでした」
 おあいこということにしておきましょうね、なんて図々しい提案をして、ヘタクソだとわかっているウィンクをしてみたら。
 九さんがくしゃぁっと笑って、嬉しくなって、俺も益々ヘラヘラになってしまったのでした。
 


 2011-11-08 22:36筆


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