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 これは一体どういうことでしょう?
 がくがく揺さぶられながら、異国の少年さんが息継ぎなく言葉を発しておられるのを呆然と見つめた。


 「オレ…オレっ…事情があって変装してたんだけどっ!!だってそんなの仕方がないじゃんか、オレは何も悪くないんだっ!!周りが変装しろって言うから、オレは皆の言う通りにしてただけなんだっ!!オレだってイヤだったけど…!!だからオレは悪くないっ!!
 昨日の夜はでも、うっかり変装しないまま外に出ちゃってっ!!オレが困ってるのにコ、コウもミキもダイスケもそーすけもひさしもヒロも、はるとだってそうだっ、友達は誰も来てくれなかったけどっ、すっげカッコいー奴らがちゃんと優しくしてくれて!!寮まで送ってくれたから良かったんだけど、そしたらソイツら、顔良いだけに有名人だったみたいで!!

 はるとだって見ただろっ?!今朝の新聞にオレの素顔、載せられて…!!それは良いけどっ、『微少年』とかフツーの顔とかっ!!ヒドいっ!!今までオレ、そんなの言われた事なかったのにっ!!変装取ったら変装前より優しくなるか、急に態度変えて媚びて来やがるか、どっちかに決まってるのに!!フ、フ、フツーの顔とか…!!マジ有り得ねー!!!!!皆、嫉妬してるからって、そんなの醜いっ!!ホントは驚いてるクセに、嘘吐いて上から目線で…そんなのガキじゃんっ!!このガッコ、マジでキモイっ!!

 ミキは居ないしっ、教室来るまでヒソヒソ噂されるしっ、もう意味わかんねーよっ!!何なんだよ、このガッコ!!フツーの顔って、ビミョーな顔って、そういうのってはるとの事じゃんか!!はるとから見たらオレってすげー、何つーか…可愛いだろっ?!ホントはこんな女顔の外人顔イヤだけどさっ!!なぁ、オレの顔ってフツーじゃないよな?!」


 それは流暢な日本語で。
 紛うことなき、九さんのお声で。
 いつより興奮しておられるようで、その勢いと大きなお声はなかなか止まず、キンキンと耳が鳴っている。
 あまりの早口、罵声で、正直何を仰っておられるのか、よく聞き取れない。
 聞き取れないながらに、何とか切れ切れにつかみ取った言葉の端々で、何やら一大事が起こったことをうっすら理解した。

 つまり、この御方はやはり九さんらしい。
 仁も一成もお疲れさまで帰って来て、お疲れさまのまま早朝から出かけてしまった。
 トンチンカンよしこちゃんたちも、何やらやっぱりお疲れさまで、話す時間はあったけれど、何も言っていなかったなぁ…
 俺ったら皆の情報を頼りにして…学校のことに疎すぎる。

 「なぁ、はると!!どうなんだよ、何とか言えよっ!!オレ、別にはるとの事は大親友としか思ってねーけどさあっ!!はるとってどーせ誰とも付き合った事ないんだろっ?!ずっと男に囲まれて来て、ただの『お母さん』扱いだったんだろっ?!だったら、オレのこの姿見たら、お前も他のくだらねー男みてーに付き合いたいとか思って、」
 反省している合間にも、九さんの勢いは止まることを知らず、昨日から揺さぶられることが多いなぁと想っていたら。

 「うるっせーんだよ、九穂…いい加減にしておかないと、全親衛隊一丸となってお前を社会的に排除するよ…?」
 揺さぶられていたのが、止まった。
 俺の両腕を掴んでいた九さんの力を上回る程乱暴に、粗雑に、合原さんが九さんの手を掴んでおられた。
 強い力ながらあまりに落ち着いた雰囲気に、合原さんの瞳を見て、凍りつきそうになった。
 僅かの熱もない、ほんとうに冷え切った、理性の働いている表情だったから。


 「お前、十八学園に来て何を見ていた…?お前が毎日引っ付き回ってる美山様は勿論の事、このクラスにしろ、他クラス、他学年にしろ…3大勢力様は極めて特別な存在だけど、此所に集う皆様は最高レベルの選ばれた人間ばかりなの。わからなかったの…?何が白馬、何が九…!下界で名門だ美形だってちょっとばかり名を知られた所で、上には上が居る、この特別な空間では一切通用しない。

 良い機会だ、思い知りなよ。お前如き容姿、お前如きの家柄で注目して貰えると想ったら大間違いさ。わざわざ下らない、誰もが気づく不細工な変装までしてご苦労様だったねぇ…?扱われ方に不満があるなら、下界に降りて全身整形してから出直して来な。まぁ、此所では紛い物は通用しないけどね。今まで通り、低次元の世界で上に立ちたいなら大人しく白馬に戻れば良いじゃない。

 それとねぇ、前陽大はこの空間の中に在って、尚特別な存在なの。てめーに酔ってるお前にはわかんないだろうけど…?お前如き体裁だけに拘るツマンナイ人間よりも、余程綺麗で可愛いって、真贋を解する人間なら誰もが認めるだろうさ」

 
 ゆっくり、はっきり、誰もが聞き取りやすい合原さんの、九さんをまっすぐ見据えた発言に、俺は目を見張った。
 九さんも、鋭い言葉の矢をあちらこちらに投げるけれど、それは輪投げのように、ちいさな子供の遊びのようなもので。
 けれど、合原さんの言葉は違う。
 暴力だ。
 理性で組み立てられた、明確な意志ある、圧倒的な言葉の暴力だ。

 それが跳ね返って来ることさえわかった上で、淡々と向けられた、覚悟ある発言。
 一切の動揺も人情もない、強い眼差しで、冷静に斬り付けた…
 鳥肌が走った。
 こんなふうに言われたことなどないだろう、九さんは顔を俯かせ、言葉もなく小刻みに震えている。
 追い討ちをかけるように、成り行きを静観しておられたクラスの皆さんまでも、動き出そうとしている。

 震えている九さんが、何かを呟いているような気がして、よくよく見つめたら、ポケットを片手で探っておられて。
 とても嫌な予感がして、想わず、合原さんと九さんの間に割って入り、気づいたら何の準備もないまま、勝手に叫んでしまっていた。
 「スト―――――ップ!!!!!全員、待てっ!!」
 いや、俺よ!!
 皆さん、ワンコさんじゃないんだから!!

 今の言い方、完全にワンコさんの躾の言い方…そう言えば、ニコニコ商店街の看板犬、荒くれ犬のジョニーは元気かなぁ…あのコと仲良くなるのは時間がかかったけれど…って思考が逃げ腰、関係ないことへ流れてしまう。
 いけない!!
 先程までとは違う意味で静まり返ってしまった教室内に向けて、何とか雰囲気を和らげたくて。

 「えと、えと………全軍休め!!」
 
 いやいや、軍隊の訓練じゃあるまいし!!
 


 2011-11-07 23:59筆


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