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 「十八さーん、シャワーありがとー。部屋も貸してくれてありがとねー」
 僅か数分の間だったか。
 仮眠室のシャワールームから出て来た、すっかり目覚めた顔の生徒会長にも、手にした書類の分厚さにも、どちらにも呆れた。
 呆れるしかなかった。
 せめてもの気持ちで差し入れに持って来た、スポーツドリンクを手渡しながら、ため息が零れ落ちた。

 「…どういたしまして…部屋を提供する位、お安い御用だけど…。昴君、君ねぇ…本当に昨日寝た?君の優秀さはよくわかっているよ、僕が1番知ってるけれども…実行委員との打ち合わせが終わったのが20時、それから君だけ此所に移動したその後、別行動だった3大勢力の打ち合わせ終了が22時と聞いてる。君は…?この書類、まだ期日に余裕ある分まで仕上がってるじゃないか。体育祭と別の通常業務も全く滞ってないし、一体昨日は何時に寝たの?!白状しなさい!」

 当の本人は、カラカラと明るく笑っている。
 その姿からは微塵の疲労も見当たらない。
 普通無理をしている人間は、大丈夫だと笑いながら、隈を浮かべていたり、肌が荒れていたり、いずれ体調不良で倒れたりする。
 人間の体は嘘を吐かない。
 しかし、誰より無理をしている彼は、いつでも完璧で澱みない。

 長い付き合いの中、彼が演技ではなく心身を荒れさせていたり、体調不良に陥った姿をまるで見た事がないのだ。
 だからこそ、大人として心配が尽きない。
 周囲の子供達は、「彼だから」超人めいているのだ、自分達とは別格なのだと信じ切っているが、それは怖いと想う。
 そうして彼を超人に仕立ててしまえば、周囲は楽なのだ。

 学園を騒がせている九穂と何ら変わりない。
 彼は普通じゃない、異分子だ異常なのだと括ってしまえば、厄介事を流してしまえる、余計な事を考えずに済む。
 違う、彼らとて生身の人間だ。
 触れれば温かい血の通った人間で、どんなに大人びて達観していても高校生だ。 
 線引きしてしまったら最後、この子の行き場はどこに在るのか。
 この子の苦労は、想いは、少しも報われないのではないか。

 結果良ければ全て良しと言うが、辛い過程を現在進行形で負っている、その過程に見合うだけの結果を得られるかどうかなんて、未だ自分たちにはわからないのだから。

 幾ら強いと言っても、裏舞台を知っている己が、この子より幼く未熟な精神でありながら大人として上に立つ以上、心配する事は止められないと。
 いつからか、決して弱音を吐かない彼の側で、強く想う様になった。
 余りによく働き過ぎる天才は、ある日急にこの世から去る事がある。
 短い人生の中でも、知っている事だったから。
 「十八さん、その『白状しなさい!』って言い方、あいつにそっくり!」
 人の胸中を知ってか知らずか、当の本人はくっくと腹を押さえて笑っている。

 その呑気な様に少し安堵しつつ、「あいつ」の単語に敏感に反応した。
 確かに我ながら似ているなーとか想ったが。
 お・親子っぽいかなーなんて、つい浮かれた考えも浮かんだがしかし!
 「あいつ」という、聞き捨てならない親し気なニュアンス。
 大体、どうして彼とあの子が同じ競技に出場するのだ。
 学園で最も目立つ者同士の取り合わせで、しかも競技は障害物2人3脚という、リレーの次に盛り上がる目玉競技の1つ、それがコスプレ仕様になるとは甚だ遺憾だ!

 「…昴君〜…昴君がこの学園内で『あいつ』とか呼んじゃうのって、ごくごく限られてるよねぇ〜え…?君が親しく接してる生徒って、そうそう居ないよねぇ〜え…?何でそんなに飛び級の勢いで、ぼ・僕のっ大事なむむ息子のっ、陽大君と仲良くなっちゃってんの?!接点そんなにないでしょ?!確かによろしくねってお願いしたのは僕だけれども、何かおかしくない?!いや、僕は昴君の事も陽大君の事も大好きだし、2人を心から信頼しているけれどもっ!何故かすごーく不安なんですけど?!」

 当の本人は至ってマイペース、何のCMかグラビアかと想わせる程、非常に良い飲みっぷりでスポーツドリンクを一気に飲み干し、「ご馳走様でした。有り難うございました」と実に礼儀正しく合掌し一礼している。
 かと想ったら、昨夜から着の身着のままの制服の上から、学園仕様の黒いウィンドブレーカーを羽織った。

 「時間ヤバいし、マジでそろそろ行くねー。6時の集合には顔出さないけど、7時の全体集合には行くから。俺とあいつの号外もだけど、それよか今朝バラ撒かれる予定の九穂の号外のが問題かな。十八さんの所にも届いてると想う。あ、でも程々に見てねー。ま、後で会うし、昼にでもいろいろ話し合えたら良いでしょう。あぁ、理事長の心配には及びませんよ、大丈夫!陽大にはとっくに嫌われてるだろうし?では、長々とお邪魔しました。失礼致します」

 折り目正しくお辞儀する、彼を引き留める手段などなくて、ただ見送った。
 「ええと、あぁ、はい…気をつけて帰ってね、昴君…」
 明るく爽やかな笑顔とウィンク、大量の完成済み書類を残して去って行かれ、途端に寒々しくなった早朝の室内、とぼとぼと席に着いた所で我に返った。
 結局、彼を労る心配は有耶無耶にされてしまった。

 「もー…いつか昴君の親衛隊に、この男前ながら可愛い寝顔写メ売り飛ばしちゃうんだからねっ」



 2011-10-31 23:17筆


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