86.王者の朝


 ――…やがて朝が訪れ、孤独な王者が目を覚ます…――


 「……昴く〜ん、朝ですよ〜…って一応、約束の時間に声かけたからねー…ひっ!」

 起きよ、と。
 内から声が聞こえた。
 『目覚めよ、時は満ちた』。
 いつでも確かな指針を示してくれる深淵な声は、余程の事態が起こらぬ限り、退却を許さない。
 起きよ。
 今日も前進すべき時が訪れた。
 たった今迄の過去全てに感謝し、今朝が訪れた事に祝福を。
 起きて、大いに愛せよ、敬えよ。
 
 覚醒と同時に聞こえた、随分か弱く逃げ腰な声音の持ち主の、恐らくこの辺りだろうと想われる方向に見当をつけて、手首を捕らえた。
 大当たりだった。
 熟睡していると想いこんでいたのだろう御当人は、幽霊に遭遇したかの如く驚いている。
 良い寝起きだと、心から想った。
 「…酷いな〜十八さん。絶対に起こしてネ!約束!っつったじゃん」
 酷いのは、起き抜けの自分の声だ。
 乾燥させてしまったか、随分掠れている。

 「び、びっくりした〜…昴く〜ん…起きてたのー…?でもまだ余裕あるから、もう少し寝なさい。僕は隣の部屋に居るから」
 心配でいっぱいといった目の前の人物が、親身な声を掛けてくれる間に、身だしなみを軽く整え、呼吸を整えて咳払いし、ブランケットを手早く畳んだ。
 「おはようございます、十八さん。お気遣いありがとうございます。折角ですけど、戻ってやりたい事もあるし。お気持ちだけ頂いておきますよ」
 「昴君ったら…寝姿も寝起きも完璧な男前ながら、起きて1分で男前通常モード・生徒会長パターン開始ってどんだけ…毎回想うけど、君はホントに寝覚めが良いと言うか隙がないと言うか…二度寝は蜜の味〜!ってなんないの…?今はオンモードだから?でも昴君にオフモードってあるの?」

 「普段はダラダラしてますって。十八さんこそ、早朝出勤お疲れ様です。こんな早いのにピシーっとしてるじゃん、最近。あ、そっか」
 ポンと手を打ったら、保護者然、大人然としていた人物が、急にソワソワし始めた。
 「ちょ…昴君、言わないでー!」
 「言って欲しい癖にー」
 「止めてよー!」
 「だって十八さん、ちょい前まで早起き超苦手!学校行事滅びろ!特に体育祭と学園祭爆ぜろ!つってたじゃーん」
 「そっ、そんな昔の事言われてもー!生徒達の大切な想い出作りの為なら、昴君達もすごーく頑張ってくれてるんだし、僕だって朝からビシーっと、」

 「だって新婚だもんねー?そりゃウキウキ起きちゃうよねー?あ、起こされちゃう方かー」
 「や、止めてよー!そんな、し、新婚とかっ…!だってまだ籍入れてないしー!元々、陽子さん…えーと、前家は早寝早起きの家系だから僕も自然にそれに倣うと言いますか、そもそも早寝早起きは健康の為に良くってですねぇ!」
 「んなの、一緒に暮らしてたら家族は家族じゃん〜書類上の儀礼的な事なんて気にしないでいーって。しかし人って変わるもんだよねー、俺がどんなに早寝早起きを勧めても聞く耳持たなかった遅寝遅起きの十八さんが…愛ってマジ偉大…!」
 「も、もー!あ、愛とかっ…!」
 
 遂に両手で真っ赤な顔を覆ってしまった、今が最も幸せそうな長年の知己の姿を、朝1番で拝めた事は本当に良い1日のスタートと言えよう。
 胸が温かいもので満たされるまま、自然に頬が緩んだ。
 恥ずかしそうなその人を見守りながら、己も大切な家族の1人1人、1匹1匹を想い浮かべ、心の内で愛を送った。
 どうか今日も、彼らがしあわせでありますように。
 彼らの元にも、穏やかな朝が訪れていますように。
 夏にはまた、たくさんの温かい笑顔と再会できますように。

 「そういう風に愛せる家族が居るってマジ良いよねー」
 「………本当にその通りだけど、昴君…」
 途端に心配そうな表情が戻る大人に、快活に笑って見せた。
 本当は踏み込みたいけどと二の足を踏んでくれている、遠慮や礼儀を知る大人に、大丈夫だと変わりない言葉を送る。
 「俺は大丈夫だって〜大丈夫じゃなかったら此所に居ねえし。それより十八さん、運動部が動き出す前に帰りたいから、シャワー借りるね。コーヒーどうする?」

 「シャワーでも何でも自由に使ってくれたら良いけど…。何かさ、最近つくづく昴君に迷惑掛けてばっかりだなーって…君にだけ特に負担を負わせて、そこまでするべきなのかなってね。君だって3大勢力のトップと言えども1生徒なのに、こんなに仕事させて、尚且つ得るものは非難や批判ばかり…って本当に申し訳ないんだ」
 心優しい学園の支配者に、王者は微笑う。
 何も心配ないと。
 けれど、有り難いと。

 「俺が進んで引き受けてる事だし。俺のペースで自由に仕事させて貰ってるから大丈夫。十八さんに心配して貰えるなんて恵まれてるしね〜こういう内密な事、俺らの存在ってさ、誰も知らない内に進行させて、結果出た時には当事者居らずっつーのがセオリーだけど。だから誰か1人でも知っててくれたら、それだけで万々歳っつーか。
 フツーに生きてても、人間同士完全に分かり合うのは絶対的に無理だしね。特別辛いとは想わねえ、寧ろ俺の身につく事ばっかだから有り難えの。より多く勉強させて貰えるのはすげー幸せだし。
 代々の3大勢力はわかってる、ごく一部の関係者はわかってる、理事長はわかってる、だったらもうそれだけで良いから」

 ああ、そして今回は部外者が1人、この厄介な物事を共有しているのだと。
 王者はゆったりと、それは穏やかに笑う。
 緩やかに昇り始めた、朝日にその身を照らして。



 2011-10-30 23:59筆


[ 424/761 ]

[*prev] [next#]
[目次]
[しおりを挟む]

- 戻る -
- 表紙へ戻る -




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -