81.風紀委員長日誌―上級生考察―
現在22時前、冴え冴えと星々が光る、雲一つなく晴れた闇夜也。
しかしまったく、誰も彼もふざけて居る。
幼等部で習っただろうに…ゴミはゴミ箱へ捨てましょう、その辺りにポイ捨てしてはいけません、と。
読み捨てられた号外の紙吹雪が、この夜を警戒して待機していた、美化委員と用務員の堅固な連帯で片付けられたのはつい先刻の事。
完璧な始末を自負する彼等だが、如何せん、我が学園は自然に恵まれ広大過ぎる。
何処ぞの木にでも引っ掛かっていたのか、目の前をヒラリと通過した其れを、忌々しく掴み取り握り潰した。
いささか乱暴に手近にあったゴミ箱へ投げ捨てたのは、俺とて疲労困憊だからだ。
漸く一通りの雑事が終わった。
あくまで今日中に済ませておくべき最低限の仕事、だったが。
明日の事等、知った事か。
とにかく一刻も早く我が自室へ帰り着きたい。
特寮のルームサービスは多忙な生活が考慮され、有り難い事に24時間態勢だ。
この時間であれば、ごく軽くリゾットで済ませるしかないな…
風呂に入り、凝り固まった筋肉を解したら、さっさと寝るに限る。
恐ろしい事に、僅か8時間後には3大勢力集合なのだから。
「ゴミとは言え粗雑に扱わないで下さい、日和佐先輩。人目が在るかも知れません、完全に部屋へ戻る迄、気を抜かないで下さい」
すぐ隣から掛かった声に、目眩がした。
如何にも凌が言いそうな物言いに、肩が落ちた。
馬鹿か、この男…
俺の疲労を煽るな!
「………実際に本人からならば文句は無いが…宮成、いつからそんな悪ふざけを覚えた?そんな趣味がお前にあったか?」
ニヤニヤと悪どく笑っているヤツを振り返れば、益々げんなりした。
生徒会長という役職は代々、いつ如何なる事態に陥っても巫山戯られる男、というのが選ばれる第1条件なのではないか。
最近、いや、昔から強くそう想う。
業田先生にしろ、緒先輩方にしろ、この宮成にしろ…
そうして長年に渡る実に巫山戯たシステムが積もり積もって、最も厄介な怪物・昴を生み出してしまったのではあるまいか。
俺のこの推測に間違いはあるまい。
どうでも良いが。
相手にしなければならない、周りがどれだけ苦労するものか、考慮に入れて欲しいものだ。
…後年の学園の変化に大いに期待する。
「巧いもんだろ。惚れてる弱味でな!」
「………てめぇで言うな…俺に未練を語られても、どうしてやる事も出来ん」
「他人にどうこうして貰う気なんかねーよ。未練なんか無い、とっくに吹っ切れてるのは見てれば分かるだろ。じゃなきゃ、引退した身の俺が体育祭なんぞに打ち込むものか」
せせら笑う、その瞳にかつて見られた澱みはもう無い。
ただ在るのは、迫り来る卒業を見据え、社会人として歩き出す覚悟を決めた光だけだ。
流石に、良い方向に吹っ切れ悪い冗談を口にするこの男も、ここまでの拘束時間に疲労が滲み出ているが。
「前生徒会長様、何かとお忙しい身上で在らせられる上、今尚焦がれる元恋人を前に、激務に没頭する事は辛いでしょう。後はお任せ頂ければ、我々で何とか手を尽くしますが?」
乗ってやったら、鼻で笑い飛ばされた。
「バカ言え、俺自身がこのままで終われないっつの。散々奔放に過ごして来たからな、最後ぐらいは締めさせてくれ。日和佐も後輩共もかつてない状況の中で頑張ってんのに、まだリミットのある俺だけ高みの見物とは面白くねーよ」
そうだろうな。
黙って頷いて、揃って夜空を見上げた。
下界とはひと味もふた味も違う、鮮やかでいて静謐な星空を。
「「最後か………」」
我々最上級生の胸中は、等しく複雑であるに違いない。
3大勢力に関わった者も、暗部を追って来た者も、一般生徒も。
漸く解放される、この山間の監獄から自力で抜け出せる…清々とした想いと裏腹な想いが駆け巡る。
山間の監獄と、下界で待ち受ける監獄。
最低最悪な想い出と、それなりに愉快であった様な気がする想い出。
まだ残されている時間中、2極化する様々な想いの狭間で、我々は翻弄され続けるのであろう。
想えば今、俺達は先輩方と同じく、戸惑いを含めた曖昧な表情で居るに違いない。
「…武士道の加賀野井と成勢は良いな。美味いメシが待ってんだろ、あの顔から察するに」
「ああ、まったく羨ましい限りだ」
誰しもクンちゃ…前陽大から供される温かい食事に相伴したい気持ちは同じであろう。
「それでも宮成、先輩方に比べれば我々は恵まれている。前陽大の手料理にありつける機会があるのだから」
「…だな」
心の内で、先輩方に合掌しておいた。
「それに、帰る事もままならん昴に比べれば…」
「…それは言うな…流石の俺も哀れでならん…帰る決意が鈍るだろうが」
「だな…」
怪物だけに、誰の心配も同情も一切無用だろうが。
歴代の生徒会長は、ああまで必死に仕事へ臨んでいただろうか。
昴のあの限界知らずな、とにかく己の可能な事を果たし通す構えは、どうやって形成されて来たものか。
明日がある事を信じてもいない様な、あの心根は何だ。
「明日で良いか」という自己弁護を、あの男からただの1度も聞いた事がない。
己を厳しく律し過ぎては居まいか。
まあ結局、我々とは遥かに実力に差がある、怪物だという結論に至ってしまうのだが。
遂に疲労が祟り、無言になって馴染みの道を歩き続けた我々は、程なく寮付近へたどり着いた。
後少しで恋しい我が家、だからこそ油断していたのかも知れん。
そもそも、現風紀委員長の俺が、前生徒会長と肩を並べて夜道を行く事自体が問題なのだが。
「ふえええええんっ…!」
急に物陰から飛び出して来た物体に、俺も宮成も身構えられず、唖然とするばかりであった。
2011-10-21 23:40筆[ 419/761 ][*prev] [next#]
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