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 扉を開けたら、ふわぁっと、掃除したての気持ちのいい匂いを鼻孔に感じた。
 そして、目の前に広がる、まだ住人の気配がない手つかずの部屋。
 十八さんの学校は歴史が古く、十八さんのお家で代々経営されておられるから、今までこの部屋にどれだけの生徒さんが入居されたものやら、それはとても遥かなお話。
 けれど、前の住人さんたちの気配は、まったくなくて。
 備え付けの家具は、使いこまれていながらも、清潔にピカピカに磨かれていて。

 俺はしばらく扉の前に立ち尽くしたまま、この部屋の全貌に見いってしまった。
 十畳あるかないかだろうか、けれど軽やかな色合いや高く取られた天井、広い面積の窓のお陰でずいぶん広く見える。
 格子窓、出窓、ささやかなバルコニーに出られる窓が、部屋の三方の壁にそれぞれ大きく取られている。
 午後の日差しが、やわらかく部屋に差しこんでいた。
 天井と壁はアイボリー、床はワックスかけたてでピカピカ光っている、濃いブラウンのフローリング。

 高めの天井には、カフェさんなんかでよく見かける、換気用のファン。
 格子の窓際には黒いアイアンのシングルベッド。
 出窓側には、ベッドと合わせたようにアイアンの机、本棚、キャビネット。
 部屋の入口近くに、クローゼットが1畳分程、大きく用意されている。
 備え付けの家具以外は、自由にカスタマイズできる仕様だ。
 ここが、今日から俺のお城、なんだ。

 シンプルで、ほんとう、どこか異国のアパルトマンとしか思えないこの部屋で、一年間暮らせるんだ。
 ぼうっと、目の前の部屋を眺めて。
 じわじわと、実感が湧いてきて。
 足元からぶわあっと、高ぶってくる気持ちと。
 若干の切なさを感じながら、ため息ひとつ。
 「……っしゃ、やりますか…!」

 腕まくり!
 とりあえず、持って来た大事な荷物も、段ボールもぜーんぶ部屋の中へ運び入れ、窓をぜーんぶ全開にしたら。
 「うわぁ…!」
 風がうわあっと吹き抜けて、すごく爽快!
 手を伸ばせばすぐ届きそうな位置の、街路樹の葉っぱが揺れて、サワサワという葉ずれの音に耳を澄ませたら、自然と浮かぶのは笑顔。

 なんて気持ちのいい部屋なんだ!
 ここなら快適に一年間を過ごすことができるだろう。
 あぁ、夕方は夜は朝は昼は、どんな表情を見せてくれるんだろうか。
 できれば、他の部屋の間取りも知りたい!
 「ヤバい……これ、すっごくヤバいですねえ……」
 わくわくが止まらない!!

 でも、落ち着け〜落ち着け〜!
 平常心!
 急がば回れ!
 焦るな!
 二兎を追う者は一兎をも得ず!
 時間はまだまだこれから、たあっぷりある。
 ゆっくり、過ごしていこう。

 作っていこう、ここでの俺らしい生活ペースを。
 「よし!!」
 先ずは今日、ちゃあんと眠れるように、ぱぱーっと片づけなくちゃね!
 明日は入学式だ、その準備もある。
 入学式の翌日は、いきなり土日でお休みだ。
 本格的な部屋づくりは週末からスタートに決定!
 そんなこんなで、俺はひとり、ニマニマ・ぶつぶつ呟きながら、荷物を片づけ始めたのでした。



 2010-04-24 22:26筆


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