28
扉を開けたら、ふわぁっと、掃除したての気持ちのいい匂いを鼻孔に感じた。
そして、目の前に広がる、まだ住人の気配がない手つかずの部屋。
十八さんの学校は歴史が古く、十八さんのお家で代々経営されておられるから、今までこの部屋にどれだけの生徒さんが入居されたものやら、それはとても遥かなお話。
けれど、前の住人さんたちの気配は、まったくなくて。
備え付けの家具は、使いこまれていながらも、清潔にピカピカに磨かれていて。
俺はしばらく扉の前に立ち尽くしたまま、この部屋の全貌に見いってしまった。
十畳あるかないかだろうか、けれど軽やかな色合いや高く取られた天井、広い面積の窓のお陰でずいぶん広く見える。
格子窓、出窓、ささやかなバルコニーに出られる窓が、部屋の三方の壁にそれぞれ大きく取られている。
午後の日差しが、やわらかく部屋に差しこんでいた。
天井と壁はアイボリー、床はワックスかけたてでピカピカ光っている、濃いブラウンのフローリング。
高めの天井には、カフェさんなんかでよく見かける、換気用のファン。
格子の窓際には黒いアイアンのシングルベッド。
出窓側には、ベッドと合わせたようにアイアンの机、本棚、キャビネット。
部屋の入口近くに、クローゼットが1畳分程、大きく用意されている。
備え付けの家具以外は、自由にカスタマイズできる仕様だ。
ここが、今日から俺のお城、なんだ。
シンプルで、ほんとう、どこか異国のアパルトマンとしか思えないこの部屋で、一年間暮らせるんだ。
ぼうっと、目の前の部屋を眺めて。
じわじわと、実感が湧いてきて。
足元からぶわあっと、高ぶってくる気持ちと。
若干の切なさを感じながら、ため息ひとつ。
「……っしゃ、やりますか…!」
腕まくり!
とりあえず、持って来た大事な荷物も、段ボールもぜーんぶ部屋の中へ運び入れ、窓をぜーんぶ全開にしたら。
「うわぁ…!」
風がうわあっと吹き抜けて、すごく爽快!
手を伸ばせばすぐ届きそうな位置の、街路樹の葉っぱが揺れて、サワサワという葉ずれの音に耳を澄ませたら、自然と浮かぶのは笑顔。
なんて気持ちのいい部屋なんだ!
ここなら快適に一年間を過ごすことができるだろう。
あぁ、夕方は夜は朝は昼は、どんな表情を見せてくれるんだろうか。
できれば、他の部屋の間取りも知りたい!
「ヤバい……これ、すっごくヤバいですねえ……」
わくわくが止まらない!!
でも、落ち着け〜落ち着け〜!
平常心!
急がば回れ!
焦るな!
二兎を追う者は一兎をも得ず!
時間はまだまだこれから、たあっぷりある。
ゆっくり、過ごしていこう。
作っていこう、ここでの俺らしい生活ペースを。
「よし!!」
先ずは今日、ちゃあんと眠れるように、ぱぱーっと片づけなくちゃね!
明日は入学式だ、その準備もある。
入学式の翌日は、いきなり土日でお休みだ。
本格的な部屋づくりは週末からスタートに決定!
そんなこんなで、俺はひとり、ニマニマ・ぶつぶつ呟きながら、荷物を片づけ始めたのでした。
2010-04-24 22:26筆[ 42/761 ][*prev] [next#]
[目次]
[しおりを挟む]
- 戻る -
- 表紙へ戻る -