74.「5ミリ」の精神


 いけしゃあしゃあとこの御方、今、何と仰せになられました?!

 「「「「「……ぶっ…ぐ……」」」」」
 う…!
 この微妙な空気…これ如何に…!!
 一瞬、噴き出しそうになった教室内、しかし皆さん揃ってはっと俺を見つめ、笑ってはいかん!とばかりに喉の奥で堪えていらっしゃるではありませんか。
 これ如何に…!!
 複雑な表情になっているのは、俺を筆頭に「成長期さん捕まえ隊」の面々だけだ。

 アイドルさまと言えど、生徒会長さまと言えど、大変な責務を負っていらっしゃると言えど…くぅっ、柾先輩め…!!
 「ぐぶぶっ…ウォッホン、エヘンッ、あー…柾、その〜何だ、アレだアレ…理由は何だ?大体、テーマとして成り立ってないだろーが…コホンッ」
 業田先生さままで、明らかに笑いを押し殺していらっしゃるじゃありませんか…
 きっと先生に鋭い視線を向けたところ、あからさまに不自然に逸らされてしまった。
 天下無敵のジャ●アンさまと同姓同名の栄誉を預かっていらっしゃる癖に!!

 「最高のテーマだと想いますけど?」
 件の柾先輩だけは、誰よりも飄々とした涼しいお顔で存在していらっしゃる。
 ああ、そうですか、そう来ますか。
 公共の場では例の病、沸点低過ぎ笑い上戸病は封印なさっておられるわけですね?
 くぬぅっ、あのバカ笑いっぷりを皆さまに公表できたなら…!! 
 「あのなー…いくら何でもそりゃないだろ…ぶぐぐっ…ゴホゴホッ」

 業田先生の必死の取り繕いっぷりに、皆さまはことごとく反応し、持って行き場のない笑いと格闘していらっしゃる。
 あまりに苦しそうな教室の雰囲気に、もういっそお気の済むまで笑ってやってくださいよと、段々脱力してきたよ。
 そもそも諸悪の根源はこの柾先輩にあり!と、きっと隣を見上げたら。
 何でか片眉下げられてしまった。
 なんなんですか。
 意味がわからなくて視線を逸らし、ふと前方を見たら、どきりとした。

 恐らく親衛隊関係者さんで固まっていらっしゃった合原さんが、困惑していらっしゃる皆さまの中、ただ1人、静かな瞳でこちらを見据えていらっしゃったから。

 鼓動が、急に忙しくなった。

 そうだ、俺ったら、いくら成り行き上と言えども、合原さんがどれだけ柾先輩を慕っていらっしゃるか知っている、隣に並んでいる場合じゃないのに。

 ほんとうは俺などが、この御方の隣にのほほんと立っていていいわけないのに。
 不本意ながら、武士道以外の3大勢力さんの中で、何かと接触することが多くて。
 意外に先輩が誰より話し易く気さくな御方で、十八さんとのことまで知られているものだから、うっかりこの状況に甘んじてしまっていた…
 大変な立場の御方だということ、絶対に忘れないけれど。
 だからこそ、もっと気をつけなくてはならないのに…
 いつもよくしてくださっている合原さんに、恩を仇で返すような真似なんて許されない。

 合原さんだけじゃない、同じチーム内は勿論、他のチームにも先輩を慕っておられる生徒さんはたくさんいらっしゃるんだ。
 俺ったら、どうしてこんなにも目先のことに流され易く、思いやりに欠けているのだろう…
 自省に駆られゆっくりと1歩、2歩、3歩、先輩から距離を空けてみた。
 その間に件の御方は浪々と名演説を繰り広げておられた。


 「さっきの話を蒸し返す訳じゃねえけど、ちょっと心打たれたんですよ。1人で目一杯努力しても叶わない事がある、けど今居るメンツ1人1人が僅か5ミリでも力を分け合ったら、すげえ奇跡が起こる。万里の道も1歩から、塵も積もれば山となるっつか。
 てめえに出来ねえ事を無理に頑張る必要は無え、それぞれ得手不得手を生かして協力し合えば良い。『5ミリ』は最初の1歩で、全員で積み重ねて行けば、それは優勝っつー形になるんじゃないんですか。
 しかも、全員『5ミリ』発言で心持ってかれてっから、これ程良いテーマはウチに限って無えと想うし?」


 なんなんですか。
 こじつけの癖に、なんなんですか。
 教室中が柾先輩の言葉に胸打たれ、穏やかな沈黙に満ちている。
 これは一体、なんなんですか。
 呆れ半分、ちょっと…こじつけの中にも、先輩の本音が滲み出ているほんとうの言葉があるから、こんなに心に響くのかとも想った。
 真実はわからないけれど。

 たっぷりとした沈黙の後、業田先生が採決を求め、満場一致でテーマが「5ミリ」に決まってしまったのでありました。
 チームカラーについては何故か皆さん、俺をちらっと見てから「「「「「青がいい」」」」」とテキパキ選択。
 他チームと希望が被っていた場合は、じゃんけんで決められるそうなので、結果はどうなるかわからないらしいけれど。
 
 「よし!テーマが決まった所で、本題に入るぞー」
 業田先生の掛け声で、それまで和気あいあいとしていた皆さまが、緊張感いっぱいの硬い表情に一変した。
 いよいよ、各自の出場競技の調整だ!
 俺も俄に緊張して来ましたよー!
 ううーん、各種リレーに出場してみたいのだけれど、勿論勿論、俺より俊足な御方はたくさんいらっしゃるだろうし、変装はできないし…

 障害物2人3脚は出場させて頂けそうかなぁ。
 何せクラスの皆さんが推薦してくださった競技だし、障害物があるっていうのが面白そうなんだよねぇ。
 ドキドキわくわくしていたら、業田先生がまたも柾先輩を呼んだ。
 「柾、今年のお前の出場種目から聞かせてくれ」
 おお、皆さま固唾を呑んでいらっしゃる!
 すべてはこの御方次第なんですねぇ。

 いやはや、ほんとうに大変な御方、雲の上通り越して宇宙の果てっていう感じだねぇ。 
 俺には関係ないけれど、平和に体育祭を満喫する為に、聞いておかなくてはね。
 柾先輩はさっきの演説っぷりはどこへやら、心底気怠そうに無表情に発言なさった。


 「なんだっけ…学年混合と1000Mと100M個人と500M個人と〜やるかどうか絶賛検討中の学年選抜と、障害物2人3脚」


 …はいっ?!



 2011-10-12 23:54筆


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