71.さぁて!皆、静かに!


 白熱の議論は、なんとか1限以内に終わった。
 九さんと俺は終始一貫、ぽかーんとしていた。
 学校中が浮き足立った空気のまんま、授業が進み、あれよあれよという間に放課後がやって来た。
 いよいよ先輩方との最終協議だ。
 「あ〜ん…!!どうしよう、どうしよう、どうしよう〜前陽大〜!!もうすぐ…もうすぐこの空間に柾様がご降臨されるぅ〜ん…どうしようどうしようどうしよう…!!ねぇっ、どうするっ?!」

 朝の光景、再び!
 バシバシっと合原さんに肩を小突かれながら、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。
 「そうですねぇ…俺は別にどうもしませんがー」
 「だろぉねっ、前陽大は柾様とは一切関係ないもんねっ!!ああ…僕なんかもうすぐ長年の夢の1つが叶ってしまうんだからっ…はぁっ、心臓ぶっ壊れちゃいそう…!!ねぇねぇねぇ、心春の身だしなみバッチリ?!ちゃんと最強に可愛いっ?!」
 あらまあ、合原さんったら、こんなにもテンションが上がってしまって…

 だけど、そんな合原さんはとってもお可愛らしくって、見ていてほっこりした。
 「はい。ちゃんといつも以上にお可愛らしいですよ。さあ、落ち着いて…おっと、肩に糸屑がついちゃってます」
 「!!前陽大…心春をそんな笑顔でタラシこもうったって、そうはいかないんだからねっ!肩だけ?!他は大丈夫?!」
 「えーと…はい、他は大丈夫です」
 …同時に、スカスカする胸の辺りは、一体なんでしょう?
 
 「それにしても先輩方がわざわざいらしてくださるなんて…恐縮ですねぇ」
 想わず呟いたら、大介さんがあっさりと答えてくれた。
 「1年が2、3年のフロアに近付くのは危険だからなー」
 「…へっ?」
 「あー、誰も陽大に言ってなかったんだなー。じゃ、改めて言っとくわ。2、3年の教室には近付くなよ。諸先輩方、結構荒れていらっしゃるんでねー主に進路問題で。ま、そんな人ばっかじゃないけどさ。何も知らない1年が近付こうものなら、ナニされっかわかんねー。未知のエリアだけに逃げ道わかんねーしな。縦社会だし。穂も!絶対近付くなよ」

 なんとまあ…まだまだ知らないことがたくさんあるものですねぇ。
 それで武士道の皆が必ず迎えに来てくれていたのかな。
 「オレは強いからダイスケにそんな事言われなくてもだいじょーぶだっ!!オレは好きに動く!!」
 えっへんと胸を張る、元気いっぱいの九さんに、大介さんはやれやれとため息を吐いている。
 「美山!側に居るって決めてんなら、ちゃんと守ってやれよな!」
 ご本人さんに直接お話するのは諦められたのだろう、急に口にされた名前にドキリとした。

 恐る恐る、後方の美山さんの席を窺えば、相変わらず眉間に皺を寄せた無表情で、そっぽを向かれていらっしゃる。
 かと想えば、結局HRから1日教室にいらっしゃった無門さんは、俺の左横に椅子をくっつけたまんま、今はくうくうと寝ていらっしゃる。
 うむむ…個性的で自由奔放な我が1年A組ですが、果たして無事に一丸となって体育祭に挑めるものでしょうか。
 まあ、なんとかなるかぁ。

 そう想ったところで、俄に廊下が騒がしくなった。
 「おー、お出でなすったな」
 お出でなさいましたか!
 2年A組にも3年A組にもバスケ部の先輩がいらっしゃるという、大介さんは心なしか緊張モードだ。
 合原さんは今にも泣き出しそうに、お顔を真っ赤にされていらっしゃる。
 あら、九さんまでも急にソワソワと制服や髪に触れ始めて、緊張モードでしょうか。

 とにかく教室中が落ち着きなく、ザワザワとした空気の中、ガラッと実に遠慮なく前の扉が開かれた。
 あらかじめ業田先生に注意を受けていた、『柾筆頭に2年3年が来ても騒がない様に!』との言いつけ効果もあり、一瞬どよっとざわめいただけで、後は静かなものだった。
 それだけ、柾先輩の纏う空気が静寂に満ちていたからかも知れない。
 また眼鏡をかけていらっしゃる…もしかして、視力低下中でしょうか、元々目がよろしくないのでしょうか。 
 ふん、それだけ目力あったら眼精疲労も半端なさそうですしねぇ、お気の毒さまです。

 淡々と登場なさった柾先輩の周囲には、類は友を呼ぶという名言を見事に現した、華やかなオーラをお持ちの皆さんがいらっしゃった。
 続いて続々と他の先輩方も入って来られる中、何故か、柾先輩はこちらへまっすぐ来られてませんか、ちょっと待ってください、はっ、無門さんがいらっしゃるからですね?!
 「よっ、陽大。元気か」
 「………畏れ多くも俺などにお声をかけて頂けるとは大変恐縮でございます…恐れながら返答させて頂きます。柾先輩さまに於かれましてはご機嫌麗しいご様子に安堵致しました。お元気そうで何よりでございます。お陰さまで俺も日々健やかに過ごしております…無門さんはご覧の通り、今日はHRからずっと教室で過ごして下さっておりますので、どうかご安心ください」

 引きつりながら立ち上がり、ペコリと1礼して挨拶をお返ししたところ、ぶはぁっと盛大に噴き出す声が聞こえた。
 ただし複数、目の前の御方はただ、唇の片端を歪めているだけ。
 「この子が前陽大かーマジ面白ぇのなー!」
 「噂のお母さんにやっと会えて嬉しいぜ」
 「ぶくく…柾に対して慇懃無礼なのって見慣れてっけど…すげー露骨…!」
 「ふーん、成る程。大介が気に入る訳だ」
 「やめて下さいよー」
 一際背の高い御方が、大介さんとじゃれ合っていらっしゃる、ということはバスケ部さん関連なのだろう。

 っく…しかし、揃いも揃って背が高い…!
 俺だって、3年生になれば…!!(なれるかわからないけれども!)
 「お前は宦官かっつーの。しかし珍しいな、宗佑が1日居たとか。宗佑、起きろ」
 「…んー…。こーちゃん…?マリ●カート。」
 「今どこにいる気だ」
 「…レインボーブリッジ。…教室…、はると?」
 「はい、無門さん。もう放課後ですよー、そろそろ起きましょうね?先輩方もいらっしゃったので、体育祭の話し合いが始まりますよー」

 「…ん。起きる。こーちゃん、ドーナツ。」
 「だから此所はどこだっての。無えよ。宗佑がちゃんと起きたら考えてやる」
 「…ん。はると、も、いっしょ。食べよ。」
 「ドーナッツですか?無門さん、お好きなんですねぇ。俺も好きですよー揚げたてサクサクがいいですねぇ」
 「ねぇ。」
 「後でな、後で」
 と、呑気な会話を繰り広げながら、無門さんの寝起きを見守っていた俺は、周囲がいつの間にか静まり返っていることに、見事なまでに気づいていなかった。

 「「「「「…家族…?」」」」」

 なーんて、そこかしこで囁かれていたことも、まったく知らなかった。
 「「「「「ここまでホノボノしてると…何も言えないな」」」」」
 「微笑ましいですねっ、合原様」
 「………そうだね」
 合原さんの、よく見れば不安そうな笑顔にも気づけなかった。
 美山さんの硬い表情も、俯いて拳を握り締める九さんにも、不敵な冷笑を浮かべていた一舎さんにも、全体を冷静に見つめている大介さんにも、俺は、まったく気づいていなかった。

 無門さんがむくりと起き上がったところで、先生方が入って来られて、こうして最終調整は始まった。



 2011-10-06 23:59筆


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