64.しずかちゃんの保健室だより


 俺の愉しい夜は何処へ行った。

 「――打撲と打ち身、切り傷、擦り傷…肋骨はヒビ位イッてるかも知れんな。後は脳震盪か」
 脳はわからんが、この面構えを見る限り大事ないだろう。
 その他は巧妙に急所を外されている、有り難く想え。
 栄養を摂り、暫く安静にする事が1番だ。
 (しかし、相手はひと昔前のチーム、「一期一会」の誰かさんの如き戦い方だ)
 人が親切に続けようとした言葉に、しおたれていた宇宙人が急にギャーギャー叫び始めた。
 ………正直、殺意を覚えた。
 
 「そんなっ…!!ミキ、ミキ…!!大丈夫かっ?!ああっ、さっきよりもグッタリしてるっ…なぁ、ミキ…!!しっかりしろよっ!!こんな…こんな弱々しいミキ、見たくないよぉっ…!!!」
 美山樹がぐったりしてんのは、てめぇの声がうるさいからではないのか。
 仕舞いには「うわぁあああんっ」と。
 幼等部のガキ共でも有り得ない、赤子から漸く立ち歩きが出来始めた時期並みの泣き方で、わんわん泣き出した。
 殺意を通り越して、呆然となった。

 これは、本当に今、現実に起こっている事なのか…?
 俺はまさか、SF小説を愛するあまり、パラレルワールドへと知らず飛び込んでしまったのではないか。
 ひそかな憧れのSF世界だが、15にもなってヨチヨチ歩きのガキの泣き方をする様な宇宙人の居る世界など、是が非とも御免被る。
 想わず遠い目で、「ヤツ等」が開け放して行った窓の外を眺めた。
 つい先刻までの、騒がしくも気安さに満ちた時間を、こんなに懐かしむ事になるとは…

 新歓打ち上げと称し、任務から解放された喜びのまま、立食パーティーから料理を拝借して、剛志(たけしat業田先生)と伸太(のびたat真加部先生)が隠し持って来た、多種雑多な酒類を片っ端から開け、細田も呼んで、飲めや食えやの一時だったのに…
 だから俺は反対だったのだ。
 生徒が来るかも知れんから、この我が拠点、第1保健室では止めた方が良いと。
 あの軽薄な2人の「「だいじょーぶ、だいじょーぶ!」」がどれだけ信頼出来ないか、俺が1番わかっているというのに。
 
 最も腹立たしい事に、このガキ共がやって来る気配を察するなり、「「ヤベぇ!ズラかるぞ!!バイビー、しずかちゃん!」」と窓から出て行きやがった。
 お陰で清潔第一の保健室内であるのに、ベッド下やそこらの棚の中に、宴会の痕跡が押し込まれる事態になってしまったではないか。
 撤収するならするで、てめぇらの手を付けた分は持って行け!
 そして、剛志!!
 全員てめぇのクラスの生徒だろうが…!!
 覚えていやがれ、後日てめぇの大事にしているネコ型ロボット?漫画に落書きしてやる…せいぜい後で吠え面かきやがれ。

 癇に障る泣き声をBGMに考え事に耽っていると、音成大介と目が合った。
 「ごめんねーシズちゃん…勤務時間外なのにー取り敢えず大事ないって感じかな?寮部屋戻ってOK?」
 声を潜めて問うて来た、コイツは本当に良識的な奴だ。
 バスケ部のハードな練習で本人の故障は勿論、元より面倒見の良い性格なのだろう、付き添いで度々やって来る内に軽く世間話を交わす様になった。
 音成レベルとまで行かなくても、誰しももう少しコイツを見習って大人になれんものか…

 「そうだな、出来得る処置はするが…病院行きが懸命だ」
 「あ、やっぱり?じゃ、俺が気を逸らしとくから、美山と直接相談して貰って良い?」
 「あぁ、有り難い」
 コイツは本当に良識的で、良い奴だ。 
 泣き喚いている宇宙人をあやし宥める側で、眉間に皺を刻んでベッドに臥せったままの美山樹に近付いた。
 「どうする、美山。此所で出来る診察には限度がある。身体の為にも今後の為にも病院へ、」
 「……行かねー…余計な事すんじゃねー……クソが…」

 今直ぐベッドから投げ落として、てめぇの折れかけの肋骨どころか手足含めて粉々にして、2度と再起出来ない恐怖の地獄を見せてやろうか、ゴラ。
 と、昔の自分が顔を出しかけたのと同時に、やはりなと想った。
 新歓のトラブル(何も皆が皆、人災に遭う訳ではない。ちょっとした油断から起こる熱中症や怪我等)から、今日も数人を病院送りにした。
 しかし、中には生家に知られる訳には行かないと、必ず保護者連絡になる病院行きを頑に拒否する生徒も、多数居る。
 美山もどうやらそのクチだ。
 
 「ならば、此所で手当てされて泊まって行くしかねぇな」
 「……放っとけ…!俺に、触んなっ…!!」
 おーおー、虫の息ながら、粋がるプライドだけは残ってるのか。
 いや、ここまで巧妙に痛め付けられる事で植え付けられた、凄まじい恐怖を押し隠す為、か。
 当然、息も絶え絶えの敗者に俺が負ける訳がない。
 「麻酔だ」
 「なっ…!」
 鳩尾に1発入れてから。
 痛みと恐怖で震える可哀想なガキを無視して、容赦なく徹底的に丁寧に隅々まで処置してやった。

 久し振りに恍惚とした感情を存分に味わえた。
 この点に関しては、この勤務外訪問も中々悪くないと言えた。
 可哀想で気の毒な美山樹。
 見るからに不器用そうな、まだ世界は愚か自分についても何1つ見通せない、青春まっ盛りのクソガキちゃん。
 怪我の手当をするだけで怯えるお前が、ちっせぇプライドだけは高いお前が、このトラウマを克服出来る日は果たして来るのやら…?

 

 「ぐすん…ぐすんっ…ミキっ…ごめん…ごめんな、オレっ………助けてあげられなくて、ごめんっ…うえっ、えぇーん…」

 ところで、誰が宇宙人まで泊まって行けと言ったか。

 音成大介め…!!
 『取り敢えず良かったー!ありがとうね、シズちゃん。じゃ俺、明日も朝練あるからさー後はよろしくー!』
 って、お前が帰るのは賛成だが、この宇宙人も連れて行かんか!!
 怪我の影響で熱が高い美山の側で、延々とグチグチぐすぐす泣いている、この知能レベル幼児以下の宇宙人はまさか一晩中泣き明かすつもりではあるまいな?!
 げんなりしつつ。

 意外な事に看病の法は心得があるらしい、寝汗をマメに拭き取ったり手を握ってやったり、甲斐甲斐しい様も見つけてぎょっとなった。
 何故、最も重要な、病人の側で静かにする術だけ習わなかったのか…謎だ。
 「宇ちゅ…じゃない、九穂、夕食はどうする」
 「ぐしゅっ…オレ、目玉焼きのったハンバーグっ、ライス大盛りでっ!…うっうっ…ふぇえー…」
 ………若干、寛大な気持ちになった俺が浅はかだった………
 今日程、早く朝が来て欲しいと願った夜はない。



 2011-09-24 23:44筆


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