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 「大丈夫か。この辺、気温低くなるから冷えたかもな…どっか怠ぃ?気持ち良さそーに寝てたから、大丈夫だろーと想ってたんだけど」
 心配そうな、真摯な眼差しが、逃げることを俺から奪う。
 「だいっ…だいっ…だいっ…」
 「だい…?」
 「大丈夫ですっ、どうぞお気になさらず…!俺のことなど、生徒会長さまに気にかけて頂くだなんてとんでもない…!!もったいのうございますからっ!どうかお見逃しくださいませ…!そもそも、お仕事のお手伝い中に寝こけてしまうなど、恐れ多くもはしたない不始末、重々反省しております!しかし大変申し訳なく失礼ながら、寝惚けておりましてっ、混乱しております!あいやしばらくお待ちくださいっ」

 片手をずがーんと前に突き出し、勢いで想いつくままに謝罪を並べ立て、きっと赤くなっているであろう顔を隠すべく、できる限り後ろへ身を引いたところ。
 くっくと、喉が震える音が聞こえた。
 またもバカ笑いの対象か…まぁいい、いっそ存分に笑ってくださいよと。
 げんなりと視線を向けたら。
 「歌舞伎かっつの…寝起きの陽大っていつより謙虚なのな。別にそんな大仰に反省する必要無えし、何も気にすんな。けど、来た時より顔色マシになってるな。ちょっとは元気になったんなら良かった」

 柾先輩は、ふつうに、苦笑するみたいに穏やかに微笑っていた。
 ふわっと、おでこから移動して頭に触れた手は、なんだか、気の所為かも知れないけれど優しげで。
 「何かあったまるもん、入れて来る」
 スマートに立ち上がり、キッチンへ去って行かれるのをぼんやり見送った。
 立ち上がった先輩はやっぱり背が高くて、目線が同じというかむしろ低かった、この一瞬が嘘のようで。
 俺、ほんとうに寝惚けていて、どうかしているかも知れない。

 空気が動いたことで香る、クールで落ち着いた、けれど甘やかさも感じる先輩の残り香を、振り払うように頭を振った。
 あのお電話中の時間は、夢なんかではないのだから。
 ごしごしと目をこすって、伸びをして、パンパンと頬を叩いて目を覚ました。
 ぼけっとしている場合じゃありませんよ、陽大さん!
 面目躍如しなくっちゃぁね!
 実際、眠らせて頂いたことでなんだかスッキリしている。
 モヤモヤしたものは脳内に漂っているけれど、新歓疲れは吹き飛んで行ったようだ。

 さぁ、お仕事お仕事!
 と、俺が触らせて頂いていたパソコンを開いて、俺は2重のショックを受けるのでありました。
 もう全部終わってる?!
 更に、もう20時半?!
 嘘だ!!
 動揺しながら恐る恐る、自分の携帯電話を開いて、再びソファーベッドへ寄りかかり、顔だけ撃沈してしまいました。
 20時半だ…紛うことなき、20時半だ…あ、20時31分になった…
 俺は一体、何時間眠っていたんだ…!!

 「お待たせー…?!何してんの、陽大…」
 「大変大変大変…申し訳ありません…このまま地中深く、地球内部の核付近まで潜ってしまいたいぐらい…強く強く反省致しております…誠にすみませんでした…この無礼の数々、どうお詫び申し上げればよろしいのやら…」
 正座して、額をラグに押しつけながら、このまま消え失せたいと強く願った。
 俺ったら…俺ったら…多忙の会長さまに対して、なんたることを…!
 非常識、非教養、傍若無人にも程がある…!

 「んな真剣に想い詰めて反省せんでも…陽大、顔上げな。起きたばっかだし、血ぃ上んぞ」
 「……いえいえいえ…俺など柾先輩の前で面を上げる資格なし…最初からこうしているべきだったのです…どうかお許しください…」
 「あのな…俺ぁ殿様かっつの。仕様がねぇなぁ…この俺様が大事ない、気にすんなっつってんだ。いい加減にして、顔上げろ」
 う…!
 そう言われると、弱いじゃないですか…
 そろそろと顔を上げたら、もしかして怒っているのじゃないかと想った先輩は、すこしも怒っていなくて、すぐ目の前でまた膝をついておられた。

 「気にすんな。それともう謝んな。元々陽大を巻き込んでんのはこっちだ。非公式な仕事要請だし。それより腹減ったろー食おうぜ」
 「でも…?!それはまさか…それはまさか…!」
 テーブルの上を指し示されて、急激に視界が冴え冴えとした。
 ほかほかと湯気を立てているのは、特別寮ルームサービス限定、点心セット…!!
 ミニ蒸籠の3段と、ほっかほかのおかゆにトッピングたち、野菜と肉団子のとろとろ卵スープに焼きものたち…デザートは胡麻団子と杏仁豆腐…!
 その上、柾先輩が入れて来てくださったのは、温かいジャスミンティーではありませんか。

 「まさか…『グルメテーブルかけ』で…?!」
 「俺ぁドラかっつーの。違ぇし。お前を迎えに来た、仁と一成からの差し入れーまだ寝てんの見て、起きてから迎えに来るってさー腹減ってるだろうから、起きたら食べなってよ」
 なんだ、柾先輩なら四次元ポケットも入手しておられそうなのに…とガッカリした端から、気になる名前にはっとなった。
 「仁と、一成から…」
 一成………
 「陽大、もう考え事すんなって」
 「んなっ…なにひゅるんれすかっ…(何するんですか)」

 急に抱き寄せられたかと想ったら、ヘッドロックのようにぎゅうぎゅうになって、痛くはないけれど、驚きと羞恥でパニックになった。
 いくらお殿様だからって、人の頭をぐしゃぐしゃにしないで頂きたい…! 
 「一成の事は気にすんな。あいつはちゃんと先を見据えて動ける奴だから、いずれ丸く収まんだろー。お前が気に病む事は何も無え。今はとにかくメシ食うのが優先!ウチの点心は別格なんだぜ。超美味いから、熱い内に食おう」
 ううう…
 確かに、この魅惑のお料理の誘惑には勝てません。

 「…折角のごちそうの前なのに…ぼさぼさ…」
 俺のくせ毛っぷりを知っての所業ですか。
 わざと大袈裟に嘆いて見せたら、すぐに後悔した。
 「はいはい、失礼致しました。おー陽大君、男前ー」
 伸びて来た手が、指が、勝手に髪を整えて行って、俺は先輩の良いように振り回される玩具ですかと、恨めしくって。
 「………多忙を極めていらっしゃる柾先輩に、こんなに構って頂かなくても結構…あ、いえ、もったいのうございますから、謹んで辞退申し上げたい所存です」
 そう呟いたら、きょとんとした表情が返って来た。


 「何かと気苦労の耐えない、面白くて可愛い後輩を気に掛けんのは当然だろ」


 やはり基本は面白がってるわけですね。
 やけになってありがとうございますと言い切り、いただきますと手を合わせた、点心セットはとってもおいしかったのでありました。



 2011-09-21 23:54筆


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