59.現実に楽園はあるのか


 うう〜ん…
 伝説のお鍋へ続く旅はなかなか険しい…綿菓子雲ベッドの誘惑には誰だって逆らえませんってば〜ミスターウサキチさんもそう想うでしょ…
 「……むにゃ………はっ」
 ここは快食の街・タラフクの見習い料理人御用達・宿屋のベッド…じゃない!
 ぱちぱちっと2、3回瞬きして、じいいっと見つめた天井には、すべての料理人の極楽浄土・タラフク名物のスプーンとフォークを象ったシャンデリア…がなく、味わいのある木目の天井にはメルヘンチックな葉っぱの形をしたランプシェードが存在していました。

 いずれにせよ、ここはどこだ…?!
 記憶のどこにもない天井に、夢と現実が交錯して、瞬きを繰り返すしかない。
 むむ?!
 俺の身体にかけられているのは、タラフク名物のお野菜模様のブランケット…ではなく男もののブレザー?!
 このブレザーには見覚えがありますよ。
 ということは、ここはやっぱり、あの夢のパラダイスなんかではなく…

 うん。
 あれ。
 俺は今、どこにいるんでしたっけ。
 本気でここはどこ???
 今まで何をしていたんでしたっけ。
 しあわせな夢の手触りが身近すぎて、今いち把握できないなぁ。
 こうなったらもう1回寝ようかなぁ、そうしたらタラフクに戻れるかしらと、のほほんと目を閉じようとした時。


 「――…ははっ、わかってるって…はいはい。んー?あぁ、俺もだ。俺がお前の事忘れる訳ないだろ…玲奈(れな)」


 抑えた低い声音で、けれど、それはしあわせそうに紡がれた言葉に、瞬間で目が覚めた。

 想い出した。
 そうだ、俺は、柾先輩に3大勢力さんの隠れ家へ呼び出され、新歓アンケートをまとめるお手伝いをしていたんだった。
 それなのに、いくらも手伝わない内に瞼が重くなってしまったんだ…ガビーン、陽大一生の不覚…!
 息を殺し、そろそろと起き上がった、身体からズレたブレザーは俺のものじゃなくて。
 腹が立つぐらい俺にすっぽり被さっている、おおきなブレザーは、恐らく柾先輩のものだろう。

 シワにならないように、丁重に二つ折りにして腕に抱えながら、きょろりと辺りを見渡した。
 あらあら、ソファーが倒されてベッド状になっているではありませんか。
 ふかふかのソファーだから、身体の節々にまったく違和感がない。
 むしろ、どれぐらいの時間かわからないけれど、眠ったことで頭がスッキリして。
 いろいろなことがくっきりと理解できて、意識が冴え渡っているだけに、感情がモヤモヤととぐろを巻いているのを実感した。 

 恐れ多くも生徒会長さまに、こんなにお気を使わせてしまったのは、俺なんだけれども。
 お手伝いに来ておいて、あっさり寝こけてしまった、俺が悪いのだけれども。
 俺のことなんかに、柾先輩ともあろう御方が細やかに気を回さないで、放っておいてくれたらよかったのに。
 叱り飛ばしてくれたほうがよかった。
 いくら超人的な御方とは言えども、会長さまのほうが余程お疲れでしょうに、それを差し置いて1後輩の俺如きが堂々と眠りこけるとは、ふざけるなと怒鳴って起こしてくださったらよかったのに。

 気配を懸命に殺している甲斐あってか、先輩は俺が起きていることに気づかず、携帯電話での通話は穏やかに続けられていた。
 「――次会えんのは…夏休みだな。あぁ、玲奈も元気で。はいはい、メールも電話もするってー…わかってますー。パパ達にもよろしくな。勿論マロンも…声が聞けないのが残念だ。あ?ははっ、そうだな…わかった。あぁ、じゃあな。…知ってるって…ん、おやすみ、玲奈」
 なんて。
 なんて、しあわせそうな、表情で。

 柾先輩が、実に様々なお顔を持っていること、わかっているつもりだったけれど。
 こんな、やわらかくて、やさしい瞳をする人だったんだ…
 電話のお相手さまを、心の底から大事で愛おしんでおられる、絶対に揺るぎない想いのようなものが、見ているだけのこちらにまで伝わってくる。
 この時間が、かけがえのない大切なものなんだって。
 瞳が、声音が、言葉が、空気が、すべてを物語っている。
 今までの出会いの中で、素敵な人をたくさん見て来た、接して来たけれど。
 こんなにしあわせでいっぱいの表情、初めて見たかも知れない。

 「愛」を表情で現したら、これ以上に相応なものはないのではないか。
 それぐらい、満ち足りたお顔の柾先輩は、今、完全にリラックスしていらっしゃるのだろうと想った。
 見ていて、こちらまで温かい気持ちになれる。
 温かい空気が、心身へ流れこんでくる。
 あったかいお湯の中に浸かった時みたいに、指先までぽかぽかする。 
 それなのに、同時に胸の辺りがスカスカと、どこかに穴が空いているみたいに風通しがよくて、ぽかんとするのはどうしてだろう。

 どうして。
 どうして、ここにいたくない、なんだか息苦しいって、想ってしまうんだろう。
 柾先輩はどうしていつも…
 先輩なんか、面白がりの笑い上戸のくせに。
 ね、先輩。
 「れな」さんって、誰ですか…?



 2011-09-19 22:44筆


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