57.副会長のまっ黒お腹の中身(6)


 あぁ、ウゼぇ。

 「りっちゃん、こーちゃんはぁ〜?」
 「ねーねー、こーちゃんはどこ〜?」
 「…昴は疲れたんだとよ。あんな気紛れ自己チュー男の事なんか気にするな」
 両側から双子にぐいぐい引っ張られ、容赦なく振り払った。
 コイツら…いつまでもガキ面してやがるが、立派に成長しやがった。
 かつては平気で日常的に相手していたものを、今では両腕が悲鳴を上げやがる。

 昴の奴は未だにコイツらを両腕で構っているが…ま、あんな化けモンといたいけな俺を同列に並べる訳にはいかん。
 「えー…つまんなぁい…こーちゃんんん〜!」
 「一緒にゴハン、食べたかったのにぃぃぃ〜」
 っち…双子の世話は手が焼ける!
 保護者(昴)が甘やかし過ぎているのではないか。
 「ぶーぶー膨れるな、鬱陶しい。自室へ引っ込む代わりに、昴がアンケートの集計を1人でやると請け負ったんだ。仕事が減った事に寧ろ喜べ!」
 「「ぶー!」」

 こんのクソガキ共が…!
 この俺に向かって膨れっ面を晒したばかりか、イーっとしやがった!
 保護者(昴)はどんな教育をしとるんだ!!
 血管がブチギレそうになった所で、救いが現れた。
 「七々原様ぁ〜!こちらへいらっしゃって下さいまし」
 「ゆー様とみー様のお好きなお菓子、たくさん用意して居りますよ!」
 「こっちで僕達とおしゃべりしましょ」
 「新歓での武勇伝、お聞かせ下さいな」
 「ほうら、御2人の大好きなチョコレートフォンデュもありますよ〜」
 双子の親衛隊(別名:教育委員会)だ。

 「「チョコ〜!!」」
 途端に踵を返し、菓子地獄(奴等にとっては天国か…)へ去って行った双子の後ろ姿に、ため息を吐いた。
 無論、教育委員会へお愛想笑いを振りまくのを忘れずに。
 大方、昴の手回しだろうな。
 しかし、これで安堵する間はなかった。
 「………りっちゃん…」
 「………ちゃん。」
 ふいに背後から重苦しい気配を感じ、こめかみが疼いたのがわかった。

 振り返りたくはないが、致し方あるまい。
 クソっ…コイツらこそ、誰かに捕まってしまえば良かったものを…!
 「ねぇ〜え、りっちゃん?何でぇ〜全生徒代表の生徒会長であるこーちゃんが、この場に居ないのぉ〜?カンパイの音頭すら取らないって、どういう事ぉ〜?あの体力無尽蔵の怪物がぁ、新歓如きで疲れたからってぇ〜さっさと表舞台から引っ込むかぁ〜?!どぉ考えてもおかしいんですけどぉ〜」
 「こーちゃん、絶倫。おかしい。お祭り男。おかしい。どうして?」
 右肩には悠、左肩には宗佑が、ずっしりと体重を掛けて来やがった。

 素早く屈んで、暑苦しく異様なバリケードから抜け出し、ド突き回して蹴り飛ばしたくなる気持ちを堪えながら、同じ説明を繰り返した。
 「俺が知るか!昴の事など1度たりとも理解出来た試しが無い!どうせアイツのいつもの気紛れだろーが、お前等もいちいちいちいち神経質に反応してんじゃねーよ。何年アイツと付き合ってんだ、今更な事で俺に絡むな!」
 「だってぇ〜りっちゃん、いっつもこーちゃんとヒソヒソやってんじゃん〜…?俺らが知らないと想ったら大間違いだよ〜ん」
 「ヒソヒソ、知ってる。だよ〜ん。」

 っち…悠のバカが、バカのクセに妙な所で知恵を回しやがる…
 その悪知恵を宗佑に誑し込むから始末が悪い。
 「そーかそーか。悠と宗佑がそんなに仕事熱心だったとは…俺は何か想い違いをしていた様だな。生徒会長職と副会長職の膨大な仕事を請け負ってくれると言うならば、例え一端であっても、これ程有り難い事は無い」
 「え、んなの無理だしぃ〜俺は俺で忙しいしぃ〜」
 「無理。だよ〜ん。」
 真剣にド突き回して蹴り飛ばして、いっそこの場で犯してやろうか、このウスラ恍けた連日遊び狂っている可愛い可愛いクソガキ共を…!!

 クソが…昴ならば「えぇ〜?りっちゃんと俺の仲だからぁ〜そんなの恥ずかしくって言えなぁい!ヒ・ミ・ツ!キャッ」とか何とか気色悪い位のアイドル王子様スマイルとウィンクであっさり誤摩化し通す所を!
 保護者(昴)め、保護者ならば保護者らしくガキ共の世話をしてから自由行動せんか!
 「つぅか〜つかつかぁ〜いつの間にかはるちゃんも居ないしぃい〜武士道も美山もモッサリちゃんも居ないけどぉ〜なぁんかさぁ〜、アヤシい匂いがするぅ〜う」
 「はると………。しゅん。だよ〜ん。クサい。」
 だがしかし、神は真面目に日々を生きている俺を見捨てられなかった。

 「きゃあ、プリンス様と悠様、宗佑様!御3方のお写真、撮らせてくださぁい!はぁい、撮りますよぉ〜!いいですかぁ、タラバガ〜?!」
 「「「ニー!」」」
 「はい、撮れました〜やん、御3方共とっても素敵…っ!プリントアウトしたらプレゼントさせて頂きますねっ」
 救いは現れたが…心太………
 親衛隊へ引き込んだのは俺だが、それにしても、己を完全に捨てた迫真の演技は、いつ見ても涙腺を刺激されるな。

 「紅バラ様、後で見せて下さいねぇ!悠様ぁ〜僕らとも一緒に撮ってぇ〜!こっち、こっち!」
 「宗佑様ぁ、お食事は召し上がられました?お疲れになられたでしょう、窓辺に椅子をご用意しましたから」
 成り行きを憎々し気に見守っていた、各々の親衛隊が、あっという間にクソガキ共を連れ去ってくれた。
 お陰で助かった。
 腹の底からため息を吐きたい所だが、如何せん、此所は四方八方から注目を浴びる場。
 「プリンス」の仮面を外すワケにはいかん。

 「お疲れ様ですぅ、プリンス様ぁ!僕、疲れが取れるハーブティーを用意しましたっ、飲んで下さぁい。………つか、飲め」
 心太から冷たいハーブティーを渡され、嫌が応もなく受け取った。 
 「ご苦労様、紅バラ。君にはいつも苦労を掛けて済まないね」
 若干本音を込めて言ったら、気の所為か照明の加減か知れないが、心太の頬が赤く染まって見えた。
 「そんなぁ〜他人行儀な事を仰らないで下さい、プリンス様ぁ。プリンス様のお喜びの為なら僕…僕…火の中水の中…女装して演技する位、朝飯前ですう〜ぅぅぅ…」
 「………有り難う」

 これは卒業後が恐ろしい。
 仕方ないが、相当恨まれている事だろうな。
 「………一平先輩、ちゃんと送ったってよ」
 「そうか」
 「後で抜け出して迎えに行って来る」
 「あぁ、気を付けろよ」
 一成の願い事の直後、前陽大の惚けた顔は舞台上からもよく見えた。
 新歓で躓いてもらう訳にはいかない、前陽大はやがて、この学園にとって無くてはならない存在になる人材だ。

 「あいつ、疲れ過ぎてるからちょっと会って来る」と言った、いつも手の掛かるクソガキ共の保護者役をこなしている昴を、信じて送り出すしかなかった。
 今頃、隠れ家でリラックスして居る所だろうか。
 「…莉人は、さ」
 「何だ」
 心太の、演技じゃない、心太自身の表情を浮かべた瞳が、俺をまっすぐ見つめた。
 「莉人は、昴とあの子が2人っきりで気にならないのかよ…?本当はお前が行きたかったんじゃないのか」
 虚を突かれて、目を見張った。

 「そんな事ある訳ないだろう。昴以外に適任者は居ない」
 答えはすぐに、すらすらと口を吐いて出たが。
 「そっか…」
 ちいさく呟いたきり目を伏せた、心太の隣で飲んだよく冷えたハーブティーは、渇いた喉をぎくりとする位、心地良く通っていった。



 2011-09-16 22:05筆


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