54.孤独な狼ちゃんの心の中(10)


 恐怖とか感じた事ねー。
 とっくに諦めてる、明るい人生なんて。
 この監獄を抜け出た後に、どんな未来が広がってんのかって。
 他のヤツ等と大差ないだろう、無機質な手触りの現実。
 けど、直系や長男のヤツ等はまだ良い。
 俺みてーなハグレ者は、「親」「家」という名の腐った大人達の下で体よく使われるだけ使われ、ズタボロになったらあっさり捨てられる。
 疑問を持つ間もなく。
 
 ユメとか、キボウとか、アイとか。
 青臭いクソガキの好む、使い古された見てくれだけ良い言葉なんて、端から信じねー。
 俺等の世界に在るのは、世渡りとか、裏切り、計算、策略、罠…
 てめーの身を守る為に必要な技術を現す言葉だけだ。
 だから今更、恐怖なんて感じねー。
 殴り殴られる、その応酬の繰り返しで、どうにか目を覚ましてる。

 いっそ覚めないで良いと。
 2度と起き上がれねー様に、誰か、俺を…
 浅ましい期待は、叶えられた試しがない。
 結構な修羅場を乗り越えて来た、数人に囲まれた事もある、明らか実力違いの相手を狙いまくって、防御なんて下らねーとひたすら暴れて。
 無鉄砲になって、どんだけヤバい目に遭っても、俺の意識は必ず覚めた。
 何もない。
 つまんねー。

 恐怖って、何だ。
 この世の中に、恐怖なんてあんのか。
 俺にはない。
 俺に、失って怖いものなんて無い、てめーすら惜しくねー。
 なのに、いつになったら楽になるんだ。
 いつまで生きたら良い。
 答えを知りたかった。
 与えられるものでも良いから。
 つまり俺は、俺が憎悪するクソガキ、そのものだったんだと。
 今は、わかる。

 『………立てよ』

 身体のあちこちに植え付けられた痛みが疼く度、恐怖を想い出す。

 『もう終わりなワケねーよなぁ…?こんなもんじゃ俺の気は済まねぇのよ。てめーもコレっぽっちでお休みする様なちっちぇ男なんかじゃねぇよなー…?』

 とうにカラッポの胃が、怯える様にまだ恐怖を吐き出したいと縮こまる。
 追い掛けて来た、遠かった背中が振り向いた。
 寧ろ俺を追い真っ向から視界に入った時、かつてない敗北を知った。

 狭い世界、狭い視野の己を呪った。 

 不思議なぐらい、銀色の髪だけは無傷で。
 それ以外は血に染まった、武士道の銀狼の狂った笑顔が、俺の瞼から消える事はあるのか。
 こっちがとち狂いそうだった。
 僅かな時間が、永遠に等しかった。
 一発も届かなかった。
 指先すら掠らなかった。
 この人が喧嘩してんの見た事なかったワケじゃねー、でも全部本気じゃなかったんだと。
 果たして俺相手に、どこまで本気なのかもわからない。
 それ位、相手は桁違いだった。


 『陽大に2度と近付くな』


 この強さはアイツの為、それが何より怖かった。
 あんたみたいな何事にも執着しない人間が、桁外れに強い男がたった1人、アイツの為に動くのかよ。
 いっそ笑えた、笑ったら頭を蹴り上げられ、脳が揺れたのがわかった。
 何度オトされたかわかんねー。
 今生きてんのが疑問な位、それだけ絶妙な加減で叩きのめされた、それも恐怖だった。
 滅茶苦茶に殴り掛かって来る勢いで、けど最悪の事態にならねー様に立ち回れる冷静さはある、計算できる余裕がある…
 化けモン以外の何者でもねー。

 更に、壇上の儀式の為に、互いの血まみれのジャージは勝手に捨てられ、新しい物に替えられた。
 その周到さも恐ろしかった。
 この人が、いや武士道が、そこまでするたった1人の人間が、アイツだとか。
 生まれて初めて味わう恐怖だった。
 ぶっ倒れそうな中、壇上からアイツが見えた。
 青ざめた顔で不安そうな、心配そうな表情を浮かべていた。
 それは、俺の為じゃねー。
 アイツも武士道の為に存在してんだ。

 元々そのつもりで居た、わざわざシメられなくても、俺は金輪際アイツに関わる気はなかった、それがより強固に他人から確約されただけの事。
 それだけの事なのに、この圧倒的な恐怖は何だ。

 やっぱり最初っから、アイツなんかに関わるんじゃなかった。
 

 
 2011-09-13 23:18筆


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