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「先ず学年別と職員別にパッと分けてー、更にそん中でクラス毎に分けてー、で、中には無回答、無記名もあるからそれは省いてー、分類終わったらこん中にフォーマット入れてるから打ち込んでくだけ。実のない意見や感想は除外。OK?」
ばらばらばらっと、色とりどりのクリップがテーブルに広げられた。
よくある無機質な黒じゃないんだなぁと、変なところで感心した。
お仕事はたのしく、っていう方針なんだろうか。
「………あのう…差し出がましいようですが、2、3、質問よろしいでしょうか…?」
「どうぞ、なんなりと?」
すこしだけため息吐いて、深呼吸。
「これだけの量のアンケート、会長さまお1人でまとめなければならないっていう、そういう決まりなのでしょうか」
「だから陽大がいるんじゃん」
「………。あと、もう1つよろしいでしょうか。俺の浅慮で申し訳ありませんが、恐れながら回収の段階でクラス毎に分けておけば、手間が減るのでは…?」
「悠と優月と満月と宗佑に言ってくれ。集めて箱に放り込みやがったのは奴等だからな。気付いた時には遅かったんだよ。寧ろ『ちゃんと回収したから誉めてくれ』って言われたしな」
「………ご苦労が絶えないようで…お疲れさまです…」
「いえいえ、どういたしまして。長い付き合いだからな〜奴等は奴等で一生懸命だし、別に何とも想わねえ」
まぁ…意外に寛大な…
この寛大さって、この、ひーちゃんたちのことを語る時の、先輩の穏やかな眼差しって、なんだか。
「………お父さん…?」
想わず呟いたら、途端にげんなりなさった。
「よく言われる。あんな手の掛かるガキ共の父親になれるかっつーの…陽大までそんな事言うな」
わ!
くしゃくしゃっと頭を撫でくり回されて、今度は俺が憮然となった。
「ひーちゃんがお世話になっているようですし?俺も、柾先輩にはお世話になりっ放しですし?部外者で恐縮ながら、『喜んで』お手伝いさせて頂きますけれども。
最後にもう1つよろしいですか?富田先輩をわざわざお呼び頂かなくなくても、俺はちいさな子供じゃありませんから、1人でちゃんとこちらまで来れました。送ってくださった後の富田先輩こそ心配ではないのですか」
先輩はきょとんとなさった後、呆気なく首を振って笑った。
「一平は良いんだよ。あいつは強い。陽大が知らないだけで、お前が想像してるよりずっと腕が立つ。じゃねえと生徒会長親衛隊長なんて務まらねえ。あいつは頭脳戦よりも肉弾戦のが向いてる位だ。
…あ、やべ!これ、超秘密だったっけ?」
超秘密って!
だったっけ?って!
「俺に聞かれても知りませんよ…」
「だな。俺以外誰も知らねえし、心太にも言ってねえんじゃね?白薔薇様はあくまで知性派っつー事で押し通してるからな。って事で陽大、内緒な」
内緒な、って!
「………勝手に秘密ごとに巻き込まないでくださいよ…」
「いーじゃん」
よくありません。
まったくよくありません。
それでなくても、俺は、たくさんの秘密を知ってしまっているのに…
また、誰かに嘘を吐かなくちゃならなくなるのか。
そんなの、嫌だなって。
モヤモヤと感情がとぐろを巻く、神経過敏になって、明るい方向で物事を考えられないのは疲れてるからだよね。
だから余計に、富田先輩のことをよく知っていらっしゃる、100%全幅の信頼を置いてるっていう、先輩の口ぶりと眼差しが癇に障るんだ。
もう、いーや。
とにかく早くお手伝い終わらせて、帰ろう。
軽く息を吐いて、アンケート用紙の山へ手を伸ばした。
まるで新歓なんてなかったかのように、微塵も疲労の色を見せない、いつも通りの柾先輩と接するには、俺のHPもMPも足りていなさ過ぎる。
元々レベルが違いすぎてお話にもならないんですけれどもね!
『奴の住む世界は此所の誰とも違い過ぎるんだ』
富田先輩の言葉が、頭をよぎって、ますますため息を吐きたくなった。
俺なんかがお手伝いするよりも…
柾先輩には柾先輩にふさわしい、たくさんのお仲間さんがいるじゃないですか。
俺なんて、住む世界が違うどころの騒ぎじゃない。
走るのが得意なぐらいで、勉強は不得意だし、こんな生徒会活動などに携わったこともなければ、アイドルさまとお近付きになったこともございませんよ。
俺なんかよりも、ずっと賢くてお洒落でイケメンさんで優秀な皆さんを頼ったほうが、先輩の為にもいいじゃないか。
先輩の気に入るような、気の利いた話題提供もできませんしね、想い浮かびもしませんとも。
せめてバカ笑いして頂けるようなことすら、今は口にできそうにない。
料理だって…今まで俺は、ちょっと自信を持っていたけれど、俺などより先輩の知識も味覚も遥かに上を行く。
何でそんなに完璧なんだ。
何でこんな人が存在するんだ。
どうして俺が、そんな人と同じ空間で、お仕事を手伝わなくちゃならないんだ。
せめて料理のことは譲ってくださいよ。
このアンケート結果まとめだって、実は先輩1人で進められたほうが、ちゃっちゃっちゃーと終わってしまうんじゃないだろうか。
だって、こんなに完璧な御方ならば、へたすりゃ魔法だってさらっと使っちゃえそうだし…と、そこまで想い至って、はっとなった。
まさか…
まさか…!!
柾先輩は、魔法使い…?!
富田先輩の「住む世界が違いすぎる」っていうのは、魔法の国からやって来たからでは…?!
そうとなれば合点がいく、すべてのことに納得できる!
柾先輩は、大魔法使い…!
じゃなきゃ、人間がこんなに完璧であるわけがない!!
「―――な〜に百面相してんだ、陽大」
「ほぃわー!!どうかカエルにするのだけはご勘弁を!!」
いきなり頬に、ほかほかあったかいものが触れて、飛び上がりそうに驚き、畏れおののいた。
そんなことを仕掛けて来たご本人は、目を見張っている。
っく…男前の目の見張り方、まざまざと見せつけられても真似できそうにないぜ…
「ほぃわーって、何だそりゃ…つか意味わかんねえ、カエルが何だって?」
「………なんでもございませんよ…ツッコミはご遠慮願います…俺だって考えごとのひとつやふたつあります。どうも失礼致しましたっ」
動揺を悟られぬように、せっせとアンケートの整理へ戻った。
「……ま、いーけど。ん、やる」
「俺は忙しいので、こんなほかほかしたもの要らな、って、はぅわっ!!」
また頬に何か温かいものが押しつけられて、なんなんだとうるさく想いつつその物体を認識して、我が目を疑った。
トール・ホワイトモカ・ホイップ増量・チョコチッププラス…!!
ふわふわミルクと、ほわほわホイップクリームの織りなす、可憐な純白…想わず息を呑んだ。
いつの間に用意なさったのか…やはりこれも魔法の力?!
「陽大のアクション、いちいち可笑し過ぎー手伝いのお駄賃な、現物支給で悪ぃけど。熱いのでお気を付けくださいませ。これも食って良い、『KAIDO』のくるみとシナモンのデニッシュ。後、さっきの…陽大が回収して来てくれた縫いぐるみ、あれも全部やる。ゲーセンで取ったやつ、非売品の超レアもんだし、ドラ好きだろ」
なんですって…!
いきなり天国到来…!
「…柾先輩って、いい人ですよね…」
感動のあまり、ホワイトモカとドラたちをしっかり腕に抱え、かろうじて紡いだ言葉に、先輩はにやりと悪どく笑った。
「今更」
まぁね、そうですね。
しょうがないですね。
耐えますよ。
ドラたちをお家に連れて帰るまでは、耐えてみせましょう、この俺様っぷりに。
ふーふーしながら一口飲んだ、ほかほかの甘いコーヒーは、疲れた身体にじんわり染み渡っていって。
お礼の言葉は、お手伝いが終わってからでいいかな、って。
それきり、ご自身もコーヒーを飲みながら淡々と作業を始められた横顔を、こっそり見上げながら想った。
2011-09-11 23:37筆[ 390/761 ][*prev] [next#]
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