51.お母さんはくったくた
納得できません。
どう考えたって、納得できませんとも。
「………あのぅ…」
「あ?」
「『これ』が先輩の仰る、『今度埋め合わせする』ってやつなんでしょうか…?」
問いかけは、それは艶やかな一笑に伏された。
「当ったり前だろうが。この俺様の手伝いが出来るとか、僥倖中の僥倖じゃねえか。誰もが喉から手が出る勢いで欲してる座を、入学早々手にした陽大はどんだけ幸せ者か…お前、もっと有り難〜く噛み締めろよ、この至福を」
「ハハハー………はぁ…」
いいえ、納得できませんったら!
あれよあれよと言う展開だった。
一成のお願いごとが終わって、柾先輩が本気なのかふざけておられているのか今ひとつわからない挨拶で新歓を締められて、一時解散になって。
ぼうっとしている内に、いつの間にか仁に連れ去られて、「一成の事は気にすんなー」とかなんとか言われつつ、今や俺の生活の拠点となっている一成の部屋へ戻って。
シャワーで汗を流して、制服に着替えて。
どうして一成はいないんだろう。
一成がいないのに、どうして部屋に入れたんだろう。
自然な疑問を持ったのはまた講堂に戻った後で、その時には送り迎えしてくれた仁の姿は既になかった。
気づいたら、クラスの皆さんと一緒にいて、カンパイを交わし、料理が盛られたお皿を手にしていた。
すぐ隣には合原さんがいらっしゃった。
つい先程までなんにもなかった講堂が、華やかに飾りつけられ、たくさんのテーブルが並び、どのテーブルにもお洒落なドリンクやごちそうがたっぷりのっている。
静かな談笑があちこちで交わされていた。
どんなお料理があったのか、どんな味だったのか。
どなたさまがいて、どなたさまがいらっしゃらなかったのか。
まったく俺には縁がない、この先そうそう体験することができないであろう、きらびやかで上品な場だったのに。
探検したい、とか。
いろいろ食べてみたい、とか。
そんないつもの好奇心は、1ミリも想い浮かばなかった。
すこしも食欲がない、何もかもに力の入らない俺。
携帯電話がメール受信を知らせるまで、ただただそこに漂う空気のような心持ちだった。
空気になりたかった、というか。
ふいに震えた携帯電話のお陰で現実復帰できて、正直、ワラにも縋る気持ちでメールを確認して、ますます脱力した。
ひっそりと心の中で、だけれど。
「件名/無題
遅い。
昴**(=皿=)**」
そして俺はまた、嘘を吐く。
嘘を吐いた、胸の痛みはすぐに訪れず、危険を省みず迎えに来てくださった富田先輩とお別れし、1人になってからまざまざと実感した。
時間は確実に過ぎ去っていく。
待ってと、どんなに叫んでも待ってくれない、戻りたいとどんなにお願いしても戻れない。
かけがえのない一瞬一瞬を、俺は今、ぼんやりと過ごしている。
何をやっているのだか。
ほんとうに俺は、皆さんのご迷惑になるばかりで、どうしようもない。
泥のように重い足を引きずって、薄闇に覆われ始めている森の中を、ゆっくりと歩いた。
道々に置かれた目印に導かれて。
目印は、ゲームセンターのUFOキャッチャーでめでたくゲットされたと想わしき、我が愛する猫型ロボットまんがの主要キャラクターのぬいぐるみたち。
そのまま置き去りにしていくのは気が引けたので、腕に抱えて歩いた。
最後に猫型ロボットをお迎えしたところが、例の隠れ家さんの前だった。
ちょっとご挨拶したら、そうそうにお暇させて頂こう。
俺にはもう、柾先輩はもちろん、どなたさまともお話する気力がない。
頭の中が霞がかかったようにぼんやりする、感情がとても鈍くなっている、きっと、どんな有り難いお言葉だって聞き逃してしまう。
新歓で助けて頂いた、こんなふうに気にかけてくださっている、そのお礼だけはきちんと言って、日を改めてお返しさせて頂こう。
そう想って開いた扉の向こうには、眼鏡をかけた柾先輩が飄々とソファーを陣取っていらっしゃって。
「よう」とかなんとか、メールの文面の割にはのんきなお声をくださって。
今に至ります。
新歓の解散直後に全生徒がその場で書いた、回収されたばかりのほやほやアンケート用紙が、目の前にうずたかく雑多に積み上げられております。
テーブルをこれでもかと占拠して、いくつかの山を築いております。
先輩の「よう」の後の言葉は、実に短いものでした。
にっこり、「手伝え」。
納得できません。
ええ、ええ、納得できませんとも…!
2011-09-10 23:29筆[ 389/761 ][*prev] [next#]
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