48.十左近先輩の気苦労日記(3)


 やりやがった、成勢の奴…!

 まさか成勢がこんな舞台に上がって来るとは、ただ驚くしかない。
 野郎共の騒々しさは加熱するばかり、教職陣はおろおろするので精一杯、誰も止められそうにない。
 素早く会場内を見渡した所、涼しい顔をしているのは成勢当人と武士道関係だけだった。
 3大勢力共も虚を突かれたのだろう、一様に惚けた表情を浮かべている。
 美山本人ですら、信じ難い事態に直面したといった驚きのまま、奴の願いとやらをぎこちなく承諾していた。

 しかし、手荒くバラを強奪されたのだろう、美山の顔、すげー腫れんじゃねぇか…俺には関係ないが。
 危ないのは、前陽大か…
 あんなにも露骨に青ざめていたら、例え当人に自覚があろうとなかろうと、成勢の「大事な子」が前陽大だと容易く判明してしまう。
 まぁ、今まで勝手気侭に学園生活を送っていた成勢が、前陽大の入学と同時に急な変化を見せたから、遅かれ早かれ公認の事実になっていただろうが。

 美山の寮部屋移動の件も、情報が漏れ始めてる。
 前陽大から離れ黒モジャ宇宙人に引っ付き回ってる事も、既に周知の事実。
 成勢は無論、美山当人にも然程の影響はなかろう、黒モジャは論外、誰も近寄らない。
 残るは、誠実で真面目な、どの世界でも損な役回りのタイプ。
 今、不安定な立ち位置の前陽大に、奴等の信奉者のストレスが全て向かうのではないか。
 武士道は守れる気で居るだろうが、そう簡単に行かないのが十八学園だっつーのに。

 どういうつもりなんだ、成勢。
 お前はもっと冷静で頭がキレる奴だと想ってたが、こんなガキくせーイベントに乗っかる程、度を失ってんのか。
 前陽大を守りたいなら、何故、ご自慢の頭脳戦で確実に守ってやんねーんだ。
 理解出来ない。
 やはり成勢はどっか病んでるっつーか、中等部の半ば頃からマシになった様に感じてたが、人間、根本的に変わる訳がないか。

 それを許した加賀野井、武士道もおかしい。
 奴等を黙認して放置してる柾こそ、もっとおかしいという事か。
 何故許した?
 柾ともあろう男が、今更判断を誤る訳がないだろうが、そもそも前陽大を目立たせる方向へ仕向けているのは、誰より柾本人だ。
 まさか以前より鈍くなってんのか。
 保護対象を後方へ隠さず前面に立たせる、それは1つの策でもあるが、奴等全員どうかしてるとしか想えん。

 この騒ぎ、どう収めるつもりか。
 一向に止まない、成勢への悲鳴と疑問の声、それに参加出来ず呆然と立ち竦んでいる前陽大、それらを冷静に眺めて居る奴等の信奉者共と、講堂内の温度は随所で極端に異なっていた。
 とにかく成勢の「お願い」で、今年の新歓は終了だ。
 HRは新歓前に各クラスで済ませてある、この後は此所で解散後、1度寮へ引き返して身だしなみを整え再び集合、新入生歓迎会の名に相応しい立食パーティーへ突入、自由解散となる。

 このままだと後の予定が進行されない。
 「お願い」タイムの進行は生徒会だが、放送部としてアナウンスの権限はこちらにある。
 一先ず撤収させるか…
 息を吸い込み、マイクに手を伸ばしたが、間に合わなかった。


 「静かにしやがれ、俺様の可愛い可愛い可愛い生徒共。じゃねえと全員喰っちまうぞー…?」
 
  
 瞬間で静まり返った講堂内。
 誰かが喉を鳴らす音が、聞こえる訳ないのに聞こえた気がした。
 馬鹿が…!
 頭を抱えたのは、俺だけじゃない。
 何でこんな馬鹿が俺達のトップなのか。
 奴を知る人間ならば誰もが想っただろう、何度も何度も。
 1人愉しそうに笑っている柾は、どっからどう見ても稀代の極悪人にしか見えない。

 だが不思議な事に、下らなく飾り立てられた台詞に、奴の信奉者も不信人者も過激派も穏健派もなるべく無視派も誰もが無言、奴の周囲の人間共も何ら動きを見せなかった。
 「さぁて…これで今年の新歓のメインイベントは終了だな…今年も俺様の薔薇は無傷だった…呆気なく終わって寂しいぜ…?けど夜はこれからだ。てめえら覚悟出来てんだろうな?今夜は寝かさねえ…特に新1年生は覚悟しろよ…?心身隅々まで磨いて戻って来い…再会は2時間後だ…楽しみに待ってるぜ」

 今年もいっそ見事な程に無事なバラへ、仰々しく口づけ、生徒の列に投げ込むまで、何もかもが奴の独演に取り憑かれて居た。
 一体全体、どうやって生きて来て何処で身に着けたのか、あの態度・仕草・言葉・表情・色気!
 16才のガキとはとても想えん。
 幼等部から知っているというのに、未だにわからない。
 理解出来ている奴が居たら教えて欲しい。

 柾の多面性は十八学園1番の謎で気味が悪くて腹立たしくて圧倒されて…実に馬鹿馬鹿しさに満ちている。
 かと言って人や物事を見下し、投げやりになっている様な、荒んだ空気を感じた事は1度もない。
 それにしても折角のそのカリスマ性、もっと有効に活用出来んのか、あの馬鹿は…口を開けば開く程、残念な男だ。

 今起こった事すべてを凌駕する様な、爆発的な「柾様」コールに頭痛を覚えつつ、俺は決意を固めていた。


 前陽大を、早々に「俺達」の下へ引き込もう、と。
 


 2011-09-07 23:53筆


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