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 冗談だったら許しませんよ?!
 そんな気持ちで見上げた柾先輩は、携帯電話を眺めておられる。
 「後10分か…今年も何とか凌いだな」
 やれやれと肩をごきごき鳴らしていらっしゃる、ほんとうにお疲れさまのご様子だ。
 しっかりはっきりくっきり真相をお窺いしたいところだけれども。
 残り時間もあとすこしのようだし、仕方がありませんねぇ。
 今回ばかりはスポーツドリンクを頂いてしまったことですし、見逃して差し上げますよ、ふん。
 
 「…それにしても、こんな聖なる場所へ勝手に侵入していいんですか?生徒会長さまであらせられる柾先輩はとにかく、俺のような一般生徒が立ち入らせて頂くなど恐悦至極、いえ、俺はものすごく嬉しいんですけれども、しかし世間体というものが…」
 「だから身内っつってんだろ。つか、生徒会長にはこの学園のどこへでも出入りできる権限があるけどな」
 なんと…!
 今、ものすごく重々しい言葉が聞こえた、それは間違いなく気の所為なんかじゃない。

 「どうしてまた…そんなに生徒会長さまの職務は重いものであるべきなんですか?同じ高校生なのに、ちょっと…俺が一般生徒だからそう感じるのかも知れませんが、あらゆることに責任を負うなんて、度を超えているというか…先輩にだって先輩の学校生活や私事もお有りでしょうに…」
 あんまりじゃないですか。
 柾先輩は軽く目を見張ってから、バカ笑いじゃなく、ふつうに笑った。

 「陽大は優しいなー」
 「………俺は柾先輩にからかわれる為に存在しているわけではありません…」
 「失礼な。からかってないっつの。マジでそう想ったから。
 けど、お前は優し『過ぎる』。それはすげー良い長所だけど、あまり全員に平等に優しく在ろうとすんな。さっき陽大も言ってたけど、お前にはお前の私事があるだろ。まだ高校1年じゃん、今の段階でそんなに強く在ろうとしたら疲れるぞ。お前だって周りの事ばっか想い遣ってないで、先ずお前の感情をもっと出せば良い」

 ヒヤリとした。
 心の奥底を、覗かれたみたいで。
 ほんとうは、俺は九さんがすごく羨ましい、そういった細かな感情まで知られたようで。
 
 「…柾先輩には言われたくないですねぇ…」
 「俺は好き勝手してるし?」
 「そうですかぁ〜?!」
 「そうですよ〜?生徒会長がどこへでも出入り可能なのは、学園を守る為でもあるけど、1番デカい理由はてめえの身の保全の為、だからな」
 「ほひぇ?!」
 想わず素っ頓狂な声が出てしまった、それに喉を震わせながら、先輩はにやりと唇を歪めた。

 その眼差しは、とても穏やかだった。


 「俺は学園全体からものすげー憎まれてるから」


 呼吸が止まった。
 つい今しがた、喉を潤させて頂いたばかりなのに、カラカラになった。
 仰られた言葉も、だけれど。
 どうしてそんなことを、そんな平静に、落ち着いて言えるのか。
 当たり前のことのように、さらっと、何の動揺も見せずに。
 すこしの感情の揺らぎもない。
 悲観も、怒りも、諦めも、卑屈も、蔑みも、罵りも、自暴自棄な感情はどこにも見当たらない。

 ただ受け入れていらっしゃる、事実をありのままに…
 既に腹を括っていらっしゃる、だからこそ揺らがない。
 けれど、それは、ほんとうに真実なんだろうか。
 目の前にいらっしゃる先輩は、やっぱり掴みどころがなくて、この平静さも演技じゃないんだろうか。
 先輩がそう想っているだけで、実際のところはそんなことないんじゃないのか。
 だって、あんなに人気があるじゃないか。
 だって、自分のことなのに、そんなふうに穏やかで済ませられるものじゃない…

 誰かに憎まれることは、とてもとても辛いことじゃないか。
 1人にでもそんな感情を向けられたら辛い、それが学園全体だなんておおきな話、途方も着かない。
 言葉を失った俺に、柾先輩は変わらない穏やかな瞳で静かに続けた。

 「ま、好かれるに越した事はねえけど、誰からも好かれるなんて無理な話だろ。更に俺は好き放題し過ぎてっからな〜理事長とも仲良しだし?先生方からも生徒からも目の敵にされるわな、そりゃ。だから何処へでも出入り可能なワケ、常に狙われてっから。じゃねーと危ねえのよ、マジで。幾ら俺でも、さっきみてえに数10人でかかって来られんのは御免被りたいし。喧嘩で済むならいーけどなー、そんなもんじゃ済まねえぐらいに反感買ってるし。
 食堂と俺が身内なんて誰にも教えてねえからな、新歓ん時は大体此所に潜んでる。真面目に参加してたら命が幾つあっても足りゃしねえ。てめえの事をてめえで守るのは誰もが平等だろ。俺のやり方は姑息だけどな」
 
 そんなの、平等でもなんでもないじゃないですか。
 どうして、そんな。
 気が合う、合わないはあって当然だけれど。
 でも、柾先輩は学校の為に行動していらっしゃる、いろいろな責任を負っていらっしゃるだけなのに。
 「………その、先輩を悪く想われてる方々にも、ほんとうのことをお話になったら、」
 「益々憎まれるだけだろーな。つまり、俺が正義でも悪でも何でも気に入らねえもんは気に入らねえんだ。感情を逆撫でする様な真似は不要、放置するしか無えんだよ」

 「でも、そんな………そんなのって…」
 「その代わり、俺は職務を全うする。結果を残す。誰が何と言っても、為すべき目の前の事を為して行くだけだ」
 まっすぐに、強い瞳。
 俺を優しすぎると言った、あなたは強すぎるじゃないですか。
 前を見据えている、未来を信じている。その強い光はどこから得たものなのか。
 あぁ、そうか…
 「…他の、3大勢力さんたちが、いるから…?」
 想わず呟くと、柾先輩は破顔して、目を細めて微笑った。

 「だな。それと、家族が居るから。俺を信じて愛してくれている、帰りを待ってくれている存在は何よりも心強ぇ」
 堂々と誇らし気に言い切った、先輩のお顔は大人びた表情と同時に、どこか幼い印象もあり、ほんとうに御家族を大切にしていらっしゃるのだなぁと想った。
 俺も、母さんや十八さんのこと、とっても大事だけれど。
 人前でこんなふうに言えるかと言ったら、自信がない。
 柾先輩はやっぱり、ものすごく強い御方だ。



 2011-09-03 22:22筆


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