43.あなたはほんとうに何者?


 一体全体どうしたものでしょうか。
 そもそも、何故こんなところにいきなり湧いて出たかの如く登場なさったのか?
 まったく何の気配も感じなかったんですけど?
 いや、そりゃあ俺の神経は前方の集団さんへ集中していたけれど。
 それにしても、物音ひとつなく現れるなり、人を拘束するとはなにごとでしょうか。
 神出鬼没で理解不能、それが生徒会長さまの在り方なんでしょうか。

 押さえつけられている内に、どんどん冷静になって、思考が整理された。
 しかしいつまでこの状態なのか。
 俺はどうしたらいいのか。
 ちらっと視線を上げたら、柾先輩はまだ真剣な表情をたたえておられて、黙されたまま首を振られた。
 何でしょうね、いつにないこのシリアスな雰囲気は。

 いつも散々面白がって人をからかって、上から目線で、くだらないことに反応してはいちいち笑い転げる、重度で末期の笑い上戸病のくせに。
 と、心の中では強がっていたけれど。
 実際のところは、まともに目を合わせていられなくて。
 すぐに息を押し殺して、前方へ視線を戻していた。
 もともと、恐ろしく整った容貌の中でも、とりわけ瞳に力がある人だ。
 鋭い光を宿した眼差しは、見ていて毒というか。

 怖い。
 呑まれる、というか。
 柾先輩も武道か何かの心得がある御方なのだろうか。
 それにしてもどなたさまとも違う、とにかく瞳の強さが半端ない。
 目は口程に物を言う、まさにそのまま、雄弁な表情を持っておられる。
 とても、苦手だ。
 この体勢も…いい加減にどうにかならないですかねぇ…
 心臓が圧迫される。

 静かにしてろっていう無言の圧力は十分に理解しましたから、そろそろ解放してもらえないですかねぇ。
 なんという体温の高さですか。
 …背中をお借りした時も、想ったけれど。
 なんというポカポカさでしょう。
 俺を眠りへ誘う、爽やか気取りな甘い香りと、このポカポカさ、がっしりさ!
 悪魔の誘惑に満ちている…!!

 全力で走り回って、まだまだ走れますけど、結構スタミナ消費してるんですよ。
 お疲れモードなんですよ。
 こんなにポカポカしてたら…俺は………

 「……諦めたな」
 「はっ?!」
 うつらうつら、舟を漕ぎ始めかけた俺の耳元で、低い低いため息が聞こえた。
 飛び上がりそうに驚いていたら、するりとポカポカぬくぬくが…じゃなくて、がっしりした腕が離れた。 
 「陽大、寝かけてんなよ。何つー余裕っぷりだ。まだ終わってねえ、気ぃ抜くには早過ぎる」
 んなっ?!

 「………いきなり現れたかと想いきや俺を眠りへ誘った御方が何をおっしゃいますやら…と言うか、こんなところで何を為さっておいでなのでしょうか?どちらから急に瞬間移動為さって来られたのでしょうか?あ、すみません、申し遅れました。お久しぶりです、柾先輩。どうもこんにちは」
 いつもならここで、不本意ながら軽口の応酬が始まる筈、なのだけれど。
 「悪ぃけど此所でうだうだ話してる間は無え。ん、後20分か…丁度良い、お前も来い」
 「へっ?」
 「しー、誰がどっから出て来ても不思議は無え。なるべく静かについて来な」
 「………???」

 わけがわからない内に手を取られて、柾先輩の後を追う形で歩き始めた。
 疑問を差し挟む余裕もなく、ただ、まっすぐ伸びた、広い背中を見上げて歩いた。
 気がついたら、さっきまでいた集団さんはもういなかった。
 「諦めたな」っていう、先程の呟きはそのことだったのか。
 もしかして、あの集団さんが追っていた対象は柾先輩…?
 凌先輩が苦笑していた、『この人もそうだけど、それ以上に昴は、絶対に捕まる訳には行かないからね』という事態だった…?
 あんなに多数の集団さんに毒づかれながら、この時間中ずっと追いかけられていた…?
 
 聞きたいことはたくさんあったけれど。
 恐らく非常事態、なのに常と変わらず凛と伸びた背筋、まっすぐ前を見て歩く様子に、大丈夫だって勝手に想った。
 柾先輩はいちばん学園のことをご存知で、新歓のことも掌握していらっしゃるって…
 俺などが余計な心配や口を挟まずとも、大丈夫。
 ついていったら、答えはわかるのだろう。
 手首に触れているあったかい指に、ずいぶん身勝手に安心しながら、それにしてもちょっとぐらい説明して欲しいなぁと心の中で想った。
 
 やや経って、たどり着いたのは。
 「ここ…!まさか…」
 驚きで、目がまんまるになっていくのがわかった。
 「しー、話は中で」
 諭されて渋々頷きながらも、まんまる目のまんま。
 この建物の外郭は、どう考えても、回り回って正面へ行ったら、我が愛する食堂じゃありませんか?!

 俺はですねぇ、食堂に来る度に舐めるように辺りを観察させて頂いているので、すぐにわかるんですよ!
 ということはつまり、ここは食堂の裏手側?!
 従業員勝手口、ってやつじゃあないですか?!
 何故に?!
 先輩は臆することなくカードを取り出し、明らかに本来生徒が入るべきではない銀色の扉を、難なく開かれたのであった。
 
 
 「う…そ………柾様……?どうして、前陽大と……」

 その中へ入って行くのを、合原さんに見られていたとも知らずに。



 2011-09-01 23:58筆


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