41.風紀委員長の風紀日誌―単体考察―
本日うんざりする程、晴天也。
如何せん天候不順で中止になった所で、この新入生歓迎会だけはどれだけ順延に成ろうとも必ず実施される定めにある。
(歴代風紀委員長が綴って来た、過去の新歓日報をウン十年も遡って確認したから確実だ。中には余程天候とタイミングに恵まれなかったのだろう、2学期終了間近まで持ち越されていた時代もあった…恐ろしい事だ)
致し方あるまい。
予定通りに実施された事を、歴代風紀委員長に敬意を表して喜ばねばならないだろう。
しかし…今年で最後と言えども、憂鬱だ。
最後の最後で外部生の入学、宇宙人の襲来が重なってしまうとは…俺は余程運に見放されているらしい。
せめて宇宙人の襲来が明日以降であったならと、ifの可能性を女々しく考えてしまう。
どう嘆いた所で現状は変わらない。
それは嫌と言う程、この十八学園に於ける13年間で身を持って実感、体感、経験している。
そして、晴れて卒業後の4年間も、恐らく………。
大学部にて待ち構えて居られる、諸先輩方の存在を想うと自然に肩も落ちる。
何と人生とは試練に満ちているものか。
「――日和佐先輩、過去現在未来を憂えている場合ではありません。今はこの新歓を風紀委員として如何に平穏に終わらせられるか…それに集中せねばならない時です」
昴が開始の合図をする前、控えていた舞台裏で、凛々しい眼差しをした凌にそう諭されながら、頭痛鎮静剤と水の入ったペットボトルを手渡された。
「すまない、凌。そうだな、俺が気を確かに保たねば…」
「はい」
にこやかに力強く頷いた凌は、長い付き合いながら初めて見る姿の様に、何故か眩しく感じた。
強くなった。
宮成云々の出来事を自らの力で乗り越え、この数日で凌は目覚ましく成長を遂げた。
もう何時、風紀委員長のバトンを手渡しても良い程に。
心強い後輩に圧倒されて居る場合ではないな。
俺も俺の役目を果たさねば。
そして、クンちゃん…前陽大に被害が及ばない様に努めねばなるまいて。
「委員長、新歓が終わった後、『通年の恒例行事』は今年もありますよね?」
きりりと勇ましく眼鏡を掛けた凌に、今度は余裕で微笑い掛ける事が出来た。
「当然だ、副委員長。無い訳があるまい?」
「それを聞いて安心しました。今年こそ、委員長には負けませんよ?」
「どうかな、副委員長。俺は可愛い後輩にも容赦しない」
「無論。では、お互いの健闘を祈って」
「あぁ」
各風紀委員及び警備関係者に指示を出し、予行通りに敷地内に散った後は、ひたすらに無我の境地で違反者を狩り立てた。
3年目の今日も過去と同じく、何と違反者の多い事か。
いや、寧ろ今日の方が多いやも知れぬ。
外部生、前陽大と宇宙人に対する注目が、それだけ強いという事だろう。
気付いた時には残り時間30分。
エリア外に近い人気のない場所で、複数の違反者に囲まれて居た。
いずれも風紀ブラックリストに名を連ねている、悪どい連中ばかりだ。
頬が緩みかけて、慌てて気を引き締めた。
「ハハハ、風紀委員長!オレら追い回すのはいーけどさぁ」
「アンタ1人で何ができんのー?」
「え?お堅い委員長サマよぉー」
「1年ん時から超ウゼーって思ってたんだよネー」
「こーんな辺鄙なトコロ、誰も通らないよー?」
「ねぇ…助け求めたトコロで、アンタの忠実な部下が到着した頃にはどうなってるか…?」
「いつまでそーんなヨユーかましてられっかなぁ?」
「何とか言えよ、ゴラァっ!!」
「オレらが怖過ぎてチビっちゃってんじゃね?!」
何たる低俗さ。
今度こそ、俺は本気で笑った。
「――……あぁ、怖いな、もの凄く…」
「ハッハ、やっと本音こぼし、ぅえっ?!」
「己がこの現状に喜んで居るのが怖い…何せ、この様な人気の無い場所だ、何の加減も気遣いも必要ない」
「ぐぅっ…!!」
愚か者共めが。
この新歓に於いて風紀委員が個々で動く意味に、まるで考えが至らなかったらしい。
己の腕に自信が無ければ、誰が風紀委員に等なるものか。
この十八学園に在籍しながら、我が日和佐の家を知らないのも愚の骨頂。
存分にその身で思い知るが良い…
何せ此所は人気が無い。
気の向くままに暴れている最中、少し離れた背後に人の気配を感じた。
不穏な気配ではなかっただけに、感じ取るのが遅くなった。
迂闊…家人に知られたら相当野次られる場面だ。
少々夢中になり過ぎた様だ、だから怖い、人気の無い場所は。
さり気なく振り返って、驚いた。
其処には目を丸くしている、クンちゃ…前陽大が居たのだから!
何故こんな所にとこちらも驚いたが、目を向けた胸元に見事に花開いたままのバラを見つけ安堵した。
無事だったのか…、ならば良い。
視線が合った事に更に驚き、恐縮して身を縮める前陽大に、視線でこの場を去る様に促した。
此所から道なりに歩いて行けば講堂付近に近付く、残り時間も僅かな今ならば無事に帰還出来る。
俺の意図する事が理解出来たのだろう、前陽大はこくっと頷き、あっちに行けば良いのかと指で確認して来た為、視線で応じた。
再びこくっと頷いたかと想うと、ぺこりと一礼し、静かに立ち去ろうとした前陽大だったが、おもむろにこちらを振り返った。
『日和佐先輩、お見事です!』と。
口パクで言った後、満面の笑顔で音の無いちいさな拍手を送って来た。
ク、クンちゃん…!!
また一礼した後、足早に去って行く小柄な後ろ姿を呆然と見送った。
まだ息のある残党を蹴り飛ばしながら。
2011-08-30 23:57筆[ 379/761 ][*prev] [next#]
[目次]
[しおりを挟む]
- 戻る -
- 表紙へ戻る -