40.ひとりきり、歩く


 きょろきょろと辺りを窺いながら、やわらかな芝生を踏みしめて歩いた。
 残り時間を知らせる鐘の音が、3つ、遠くからかすかに聞こえた。
 あと30分…背後を振り返っても、風が木々や葉を揺らす音しか聞こえない。
 ちょっぴり走り疲れた汗ばんだ身体を、ひんやりした風が吹き抜けて行く。
 心地いいはずなのに、さすが山の中、なんだか心細いぐらい寒く感じた。
 見上げた空は、十八学園に来て以来、いつよりもとても鮮やかな夕焼け色。

 怖い、ぐらいに。
 
 ふぅとため息を吐きつつ、とぼとぼと歩き続けた。
 すこし不安なのは、この辺りも新歓エリア内であるはずなのに、人気が感じられないからだろうか。
 いや、促されるままに逃げて来てよかったのか、その後悔のせいかも知れない。
 俺はたくさんの人に助けられたのに…
 やんちゃモードになってる、しかも美山さんと九さんに対してとても険悪な雰囲気だった武士道を、黙認するみたいに逃げて来てしまった。
 一成の送ってくれた合図、お茶目ウィンクは、無条件に大丈夫な時っていう惰性の安心で。

 ほんとうにあの場を離れてよかったのか。
 美山さんと武士道、最初は仲が悪いように見えなかった、どうしてこんなことになってしまったのか。
 いっしょにテーブルを囲んで、和やかに晩ごはんを食べていた頃が、もう遥か遠い昔のことみたいだ。
 皆仲良く、って、そう上手くいくものではないし、理想論かも知れないけれど。
 いろいろな人がいる、だからいろいろな想いが存在して当然なのだけれど。

 何もかも上手くいくわけがない、自分の想い通りにならないからこそ、生きて行けるのだろう。
 個人が願う「平穏」は、その人その人でいろいろな形をしている。
 誰かが楽しい時間は、誰かにとって苦しい時間だったりもする。
 万人が同時にしあわせを得ることは、なかなか難しくて。
 だけど、どうしてこう複雑で、不可思議な事態がいくつも起こってしまうのか。
 それはやっぱり、俺の所為………?
 俺がこの学園を騒がせ、乱している?

 本来の皆さまらしい学校生活を、著しく侵害している?

 多くの不快を生み出している?

 俺の周りで起こっているということは、そういうことなのだろうか。 
 どうしたらいい?

 って、鈍い俺でもわかる答えは、1つしかないのだけれど。
 ただ、俺が浅ましくしがみついているだけで。
 ここで出会ったたくさんの人たちと、離れ難くて、そうするしかなくても辛くて仕方がない。
 馴染み始めた寮生活も手放し難い。
 ここから離れたら、もう外ではどなたさまとも会えなくなるようで、そんなの寂しくて怖い。
 武士道とも、会えなくなるんじゃないかって。
 離れた当初は連絡を取り合っていても、やがて自然消滅になってしまったら、それはもう堪え難い。
 それに、受け入れてくださる学校もあるかどうか…勉学に不安たっぷりの俺なのに。

 ああ、結局自分のことばかり考えてしまう。
 皆さまのお気持ちを慮らず、自分の寂しさでいっぱいになって…何で俺はこうなんだ。
 いつになったら男らしく成長できるんだ。
 強くなるって、何度も決めたのに。
 ちっちゃい頃からずっと、強い男になるんだって、腹を括って来たはずなのに。
 未だ実行できないのは、ちゃんとわかっていない、決意が足りない現れなのだろう。
 情けない。
 自分の情けなさに、とうとう胃が痛み始めて、更に落ちこんだ。
 
 そろりとまた、背後を振り返った。
 取り敢えず、戻ろうかな。
 武士道と美山さんたちがどうなったのか、とてもとても心配だ。
 あの子たちの暴走を止めなくちゃ。
 美山さんもケンカの達人でいらっしゃるみたいだけど、本気モードの一成はほんとうに手がつけられない。
 仁は面白がって見物してるだけだし、トンチンカンちゃんたちは仁に輪をかけて面白がりだし、知っている俺がちゃんと止めなくっちゃ。

 九さんは大丈夫だろうか。
 「阿修羅」さんはなかなか手強いチームさんのようだし、元気いっぱいの九さんも腕が立ちそうだけれど。
 クラスの皆さんはご無事だろうか。
 大介さんはなんとなく安心だ、とても逞しく明るい御方だから。
 合原さんもすばしっこそうだ、頭の回転も早いし、恐らく大丈夫だろう。
 一舎さんは…?
 お身体が弱いそうなのに、最後まで参加されるのだろうか。

 3大勢力の皆さんもご無事かな。
 今となれば、ひーちゃんを狙おうと意気込んでいた自分すら懐かしい…
 あの子も逃げ足が早いから大丈夫かな。
 キリキリの胃をさすりながら警戒しつつ、先程の場所へ戻ろうと方向転換した時、前方から人の話し声ともみ合うような音が聞こえた。
 身構えた俺の視界に飛び込んで来たのは、複数の生徒さん相手にきりっと奮闘なさっておられる、風紀委員長の日和佐先輩のお姿だった。
 


 2011-08-28 23:28筆


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