39.一舎祐の暗黒ノート(3)


 「まさに、嵐だネ…」

 更に拡大成長して去って行く背中を見送りながら、笑いが止まらなかった。
 こうもこちらの想い通りになると、いっそ面白くない程だ。
 何という分かり易いキャラクター…!
 純粋無垢にも程がある。
 クダラナイ演技に易々と騙され、誉めて持ち上げてくれる人間にいとも容易く心を開き、耳障りの良い言葉の言いなりになる。
 何という愚劣さ…よく今まで生きて来られたものだ。
 いっそ感嘆に値する。

 世界どころか、身近な周囲さえよく見えていないらしい。
 胡散臭く意味不明の変装の所為だろうか、あの視界の狭さは。
 内々に感じる歪んだ性根は、手前勝手な正義に名を変えて具現化している。
 傀儡として最適最良な人物。
 僅かなキッカケさえ与えれば、嬉々として暴走してくれる、何と可愛い人形か。
 僅かな間でも接すると異常に疲れるが、その働きを考えたら安いものか…
 エサはごくたまに、で良いだろうし、コストパフォーマンスは大きい。
 
 「さぁて…しっかり種は蒔いたカラネ。残り時間は後30分…」
 寮へ帰って一眠りしましょうかね…?
 この身では流石に2限分も敷地内を逃げ回る様な無理はできない。
 折しも季節の変わり目、夕暮れが迫った今、疲労で足腰立たなくなる前に退散せねば。
 折角のオイシイ新歓だと、収穫を求めて参加してしまった。
 お陰で思いがけず多大な収穫は得られたけれど。
 先程の発作は本物で、あの様なバカに心配されるまでもなく、己の不調は心得ている。
 全く厄介な身体だ。
 
 しかし、機嫌良く退散するべく振り返った時。

 「流石、一舎…ヤルじゃん?」
 「マジウケるんですけどー!上手い事、手玉に取っちゃってぇ、一舎クン怖いっ!」
 「しっかしあのガキ、マジで頭おかしくね?ある意味お人好しってヤツ?」
 瞬時に背筋が凍り、イヤな予感で喉が渇いた。
 ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべながら、そこらの茂みから現れた旧知の男達…但し、決して仲良くはない、最低最悪の人間共。
 油断してさっさと退散しなかった己の甘さに、ギリと歯が鳴った。
 未来の勝利に酔い痴れて、現実を忘れていた。

 今は紛れもなく恐怖のイベント、「新入生歓迎会」の真っ直中。
 そして此所は、殆ど誰も近寄らない敷地外エリア。
 動揺を悟られてはならない。
 笑顔を張りつけて、にこやかに応対する。
 彼等の機嫌が良い事を願って。
 「これはこれは、センパイ方…見て居られたのデスカ?それならあのカワイソウな穂君を捕まえてしまえば宜しかったノニ」

 何故、そのまま此所に止まっていたのか。
 事の経過を面白おかしく見物したいが為ならば、何も問題はない。
 彼等が黙視していた、その目的を推測すると、吐き気が込み上げて目眩がした。
 馴れ馴れしく近付いて来る、狂った様に香る甘い香水が、気持ち悪さを増長する。
 「あんな愉快なショーを見せられて、お前の邪魔出来るワケねーだろ?」
 「一舎の将来が見えるぜーお前、絶対ペテン師が天職だろーな?」
 「つかー…オレら、機嫌良いのよ、今ものすごく」

 汗ばんだ手が、肩に、顔に、腰に掛かる。
 振り払いたい衝動は、気持ちの悪さに負けた。
 心臓が大きく跳ねているのがわかる。
 息が、苦しい。

 「そーそー。お前が前陽大を追えっつーからさ」
 「健気に追いかけたのにさ」
 「あのクソガキ、何者?」
 「全然捕まえらんねーの」
 「複数から目ぇ付けられちゃってるしさ」
 「先ず探すのにひと苦労?」
 「それなのに逃げられて、宮成と渡久山に遭遇するしさ」
 「アイツら別れたんじゃねーの?」
 「さっさとバラ没収されっしさ」
 「まさに追いかけ損ってヤツ?」
 「どーしてくれんのー?」
 「お陰でハイなワケよ。オレら」

 冷や汗が、止まらない。

 「エー…?でもセンパイ方、予行練習出来てヨカッタって、電話くれましたヨネ?」
 言い終わらない内に、髪を掴まれた。
 「つべこべ言ってんじゃねーよ」
 「そうそーまさか今更オレらに逆らう気じゃねーだろー?聡明な一舎クン…?」
 「オラ、『契約の時間』だ。っつっても面倒だから此所で済ませっか」
 此所で。
 と聞いて、ひくりと頬が引きつり、あらぬ所が痛みを訴えた。
 「昨日、今日の分は前払いしたじゃないデスカー」
 「契約違反」だと、笑って言おうとした。

 もう、遅かった。

 「前払いじゃ足りねーっつってんだよ。わかってねーのなお前、頭固いもんなー」
 「ギャハハ!会えてラッキーって、寧ろ喜べよ、一舎ぁ」
 「宮成と渡久山のスクープ、送ってやっただろうがよ。その分、ご奉仕しやがれ」
 「あ、終わったら打ち上げと行こうや!」
 「いーねー一舎クンの部屋で、派手に騒ごうぜー」
 「オレ、フレンチのコースにしよー」
 整備され切っていない、自然を生かした森の中を、恨んだ事は今に始まった事じゃない。
 発作を起こしたばかりの身に、伸し掛かる3人分の粗暴な男の重みは、苦痛以外の何者でもなかった。

 ただ、黙って唇を噛む。
 ただ、願う。
 また発作をぶり返さない様に…
 どうせ心行くまで欲望を出し切るまで、止めて貰えた試しはない。 
 荒々しく適当に脱がされたジャージの隙間に、未だ冷たい夕風が触れて、寒いと思った。

 乱雑に身体を揺すられながら、見上げた空は、それはキレイな紅に染まっていた。

 何が正義。
 何が悪。
 こうしてまた今日も、愚かなバカ共を嘲笑するのだ。
 世界の何処に救いがある?
 何処に希望があると言うのだ。
 あるのは底知れない暗闇だけ、一筋の光だって差さない、見えた事は1度たりとてないのだから。
 だから、教えてあげる。
 知らないで笑っているなら、身を持って味わわせてあげる。
 
 全員、同じ地獄に落としてあげる。
 それでも笑っていられるの?

 (………それが、知りたい………)



 2011-08-27 23:56筆


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