36.銀いろ狼ちゃんの計算(4)


 何つーバッドタイミングっつか。
 クソガキちんちくりんが、俺らの気を逸らす為にこの世の中で1番大事な名前を口に出したんだとしたら、絶対に許さねぇと。
 けど、はるるの名前に反応しないワケに行かない。
 それに、卑怯で有名、虫酸の走る通り名の持ち主「阿修羅のエンジェル」が、俺の言葉1つで動揺するような弱いヤツが、機転利かせられるワケねーし。
 振り返ったら、はるるはちゃんとそこにいた。

 無事な姿を見て、ほっとした。
 良かった…
 ま、信頼してるけどねー。
 はるるはずっと俺らと一緒に居た。
 夜の街の歩き方はとことん教え込んでる。
 いざという時の防御とか一撃必殺技とか、意表を突く逃亡の仕方なんかも。
 はるるの脚力と反射神経には一目置いてるし。

 下界より此所のがいろんな意味でヤバいけど、きっと大丈夫だって信じてた。
 新歓如きで潰れる、ヤワなはるるじゃない。
 この子を狙う輩はそりゃ多いけど、味方だって多いから。
 あーあー、どうしたら良いかって困った顔してる。
 そんな顔させたいワケじゃないから、全部片ついてから探しに行こうと想ってたのに。
 困ったねー。
 どうしよっか。
 俺は引けないしね。

 スタートから探しまくってた獲物、やっと見つけちゃったからねー。 
 ここでこの甘ったるい狼ちゃんに、身の程知っといて貰わないと、後々チョーシづかれたら面倒だから。
 取り敢えず、後で迎えに行くから、はるるには一旦退場しててもらおっかな。
 「オレっ、はると捕まえようと想ってたんだぜっ!!やっと見つけたっ!!」
 と想った矢先から、不快なキンキン声が響いて、俺ら全員益々殺気立った。
 てめーまではるる狙いかよ。
 馬鹿じゃねーの、マジで。

 「はるる!」
 仁を信用して、美山から視線を外した。
 まー、ガキにもあるプライドで、逃げ出す様な下らない真似はしないだろうけど。
 世界で1番、大事な名前を呼んで。
 それだけで何か力が湧くっつーか、やっぱすげーんだよ、はるるは。
 きょとりとした顔に、視線だけで伝えた。
 『逃げろ〜』って。
 はっと気づいた顔になって、こくりっと勇ましく頷いたかと想ったら、はるるはもう振り返りもせずに走り出していた。

 おー、まだまだスタミナ保ってるなぁ。
 たかだか2限分逃げ回るってだけだもんね、はるるならまだ元気で当然か。
 「なっ?!はると?!オレっ、此所に居るのにっ…!!逃げるなんて、卑怯だっ!!」
 だからてめーはうるせーんだよ。
 「どうする〜…?『エンジェル』ちゃん。これからてめーのオトモダチ第1号、美山樹は俺にこてんぱんにヤラれちゃうけど〜一緒に巻き添え喰っとく…?トモダチだもんね〜まさか逃げたりしないよね〜ぇ…?」
 わざと挑発したら、隣で仁が喉を鳴らした。

 どっかの笑い上戸かっつの。
 案の定、ぎょっとして辺りを見渡した後、何故かエンジェルちゃんは美山を一瞥すらせず、ぐっと拳を握り締めた。
 「オ、オレはっ…卑怯、なのはキライだしっ!!こんな、多勢に無勢とか…武士道とかっ…そ、それにオレはっ、はると狙いだからっ!!集団行動はルール違反だしっ!!」
 そう叫ぶなり、「待て――!!はるとぉ〜!!」とか何とか弱々しい雄叫びを上げながら、エンジェルちゃんは可哀想な狼ちゃんを置き去りにして、飛んで逃げて行ってしまいましたとさ。
 めでたし、めでたし。

 「馬っ鹿みてぇ」

 若干唖然として、ちっぽけな後ろ姿を見送ってる可哀想な狼ちゃんに、快活な笑みを投げてやる。
 すぐさま、全部こっちが悪いみたいな顔で睨んで来やがったけど。
 腐抜けたお前なんてねー、これっぽっちも迫力ねーし、武士道は勿論、俺の敵でも何でもねーのよ。
 その差も理解出来てねーなら、お前はマジで終わってる。
 お前にはるるは相応しくない所の問題じゃないんだよ。

 ま、大丈夫だよ…?
 ちゃんと骨の随まで染み渡る様に、優しーく理解させてやるからさ。
 
 「始めよっか〜、美山樹」


 俺はこれからも、俺のやり方ではるるを護る。



 2011-08-21 23:46筆


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