33.青い涙空


 「今年も大漁っと…だけど、1限でこれだけの量って、問題あると想いません?」
 「だな」
 ラブラブパワーで追っ手の皆さんを撃退なさった後。
 おもむろに凌先輩の肩から提げられていた、「没収袋/十八学園風紀委員会・副委員長/正義は勝つ!」と明朝体でくっきり書いてある袋の中を、御2人で覗き込んで呟かれている。
 なんだか歴史を感じさせる袋です。
 重々しいオーラが袋自体から漂っておりますよ。
 その中へ没収したてのバラを入れ、凌先輩はふうっとため息を吐いた。
 
 「陽大君、もう大丈夫だよ。出ておいで」
 いやいや、出て行っていいものでしょうか?
 ものすごぉくお邪魔虫じゃありませんか。
 もしまた、新聞報道部さんに見られていようものなら、不可思議な三角関係どうのこうのと書き立てられてしまうのでは!
 しまった、騒動の合間にそうっと立ち去っておくべきだった。
 あぁでも、助けてくださったのに無言で立ち去るなど、陽大の風上にもおけません。

 せめて一筆箋を持っていたら、お礼のお手紙を残して去って行けたものを…!
 いつもは持ってるのになぁ、ゲーム中に必要になるとは想えなくて、動き回るから軽装がいいかと置いて来ちゃったんだよねぇ。
 やはり、備えあれば憂いなしですな。
 「陽大君?」
 「うひゃあお!!」
 悶々と考えこんでいたら、急に凌先輩のお顔が鼻先に現れたものだから、それはもうびっくりたまげた。
 俺の無作法な驚きっぷりに、凌先輩は目を見張って、すぐにくすくす笑い始めた。

 「そんなに驚かなくても…」
 「すすす、すみませんっ!ぼうっと考えごとしておりまして!いやはや、助けて頂いたのに誠に申し訳ございません。ありがとうございました。俺などここにいたらラブラブの邪魔になりますから、これにてゲームに戻らせて頂きたいと、」
 「?何を言ってるの。良いからおいで。宮成先輩も陽大君を心配してるし」
 え………?
 凌先輩、今、「宮成先輩」って言った?
 しなやかな手に引かれるまま、宮成先輩の元へ行ったら、先輩は不遜な表情のまま笑っていて。

 「おー、何とか生き残ってるみたいじゃん。さっきの奴らもだけど、相当追われてんじゃね?大丈夫か?」
 「は、はい…お陰さまで、なんとか…あの、助けてくださってありがとうございました。とても助かりました」
 違和感を感じるままに、ぺこりとお礼をした。
 「どういたしまして。違反者捕獲がてら、陽大君を探してたんだ。そうしたら偶然宮成先輩に会ってね。先輩も捕まってはならない人だけど、陽大君が無事かって心配してたから、一緒に探してたんだ」
 「俺と渡久山だったら向こうから避けてくし、いろんな意味で探し易いからな。無事なら良かった。武士道がうろついてんの見かけたから、教えとこうと想ってさ」

 この違和感は、なんだ。 
 御2人共、笑っていらっしゃるのに。
 どうして。

 「あ、あの…先輩達の仲良しっぷり、初めて拝見したのでびっくりしました〜追っ手の皆さんもぽかーんとなさってて…」
 さり気なさを装う、俺は、卑怯だ。
 けれど、凌先輩と宮成先輩の笑顔は、すこしも揺らがなくて。
 「あぁ、あれぐらいの演技はお手の物だからね。宮成先輩も俺も、まがりなりにも3大勢力ですから?ああも容易く騙されてくれるとは、こっちが驚いたぐらいだよ」
 「柾ならもっと巧くやるだろうがな。それより俺は、渡久山と前の仲の良さに驚いてる。いつの間に親交温めたんだ」
 「また『柾コンプレックス』ですか?未来ある純粋な後輩の前で止めて下さい、先輩。ねー、陽大君、俺と陽大君は最初から仲良しだものね」
 
 凌先輩に、ふざけたふうに腕を組まれて。
 宮成先輩は、苦笑してて。
 ほんわか、あったかい空気でいっぱいで。
 なんにも、悪いことなんてない。
 空は、青くて。
 俺もノリ良く、凌先輩に合わせて、宮成先輩の苦笑を深めるべきだって。
 役割は、わかっているのに。 
 ほんのすこしも、笑えなくって。

 そんなの、ダメだ。

 笑おうって、笑わなきゃって、お腹に力を入れた。 

 「あ…あははっ、そっか…演技、ですか…ですよねー?柾先輩は確かに大層悪どい御方なので…うまく、演じられ、そうっ…ですが、俺は……ふふっ、俺、俺も騙されちゃいましたっ…まだまだ、ですねぇ…っ…っふ、ご、ごめ、なさ…目にゴミが…いったいなぁ、もうっ…」
 演技、だったんだ。
 そんなふうにちっとも感じなかった、先輩たちの雰囲気はとても親密だった。
 仲の良いラブラブな恋人さんそのものだった。
 見交わす視線と視線が、それはしあわせそうで………って、そうか。

 だって、嫌い合って別れたわけじゃない、から。

 でも、お話ができたのはつい昨日のこと、それで気持ちが落ち着いてお別れしたって。 
 俺はちゃんと、凌先輩から聞いていたのに。
 昨日の今日で復縁なんて、そうそうないことなのに。
 ああ、ダメだ。
 俺がショック受けたって、どうしようもないだろうに、ただの事情を知ってるだけの第三者なのに。
 ご迷惑かけるだけなのに、勝手に鼻の奥がツーンとなる。
 俺の涙腺、最近どうしました?
 
 慌てて明後日の方向を向いて、パタパタと手で顔に風を送りながら、別のことを考えようって想った。
 「そ、そう言えば俺、」
 話題転換を試みて、先輩たちを振り返ったら、御2人そっくりの…面立ちはまるで違うのに…痛ましい表情で切なく微笑っていて。
 「ごめんね、陽大君…」
 初めてお会いした時も、まっ白でシワひとつないハンカチをお借りした。
 その記憶が甦る、ぱりっと清潔なハンカチを凌先輩が差し出してくださった。
 「凌先ぱ、」
 「ありがとうな、前」
 頭に重みがかかって、宮成先輩の手だって、気づいた。
 
 俺のほうが、いっぱい、謝ってお礼を言わなくちゃいけないのに。
 
 ただ、ひしひしと伝わって来た。
 もう、御2人は、絶対に戻らないんだ。
 このまま、元生徒会長と風紀副委員長、先輩後輩の関係を貫き通されるんだ。
 卒業まで、卒業してもずっと。
 そう聞かされていた。
 わかっていたこと。
 簡単に覆されるわけがない、そんな容易い想いじゃないから。
 覚悟、だ。
 凌先輩と宮成先輩の、それは覚悟だ。

 潔い御2人の距離感に、また涙腺が刺激されたけれど、強い先輩たちにあやかってぐっと呑みこみ、必死で笑った。



 2011-08-16 22:28筆


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