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 さっとジャージのポケットから取り出された、スマートなデザインの黒い携帯。
 「「「か、片前様…っ!」」」
 もはや完全に青ざめていらっしゃる先輩方に、ちらとも視線を向けることなく、どちらかへ連絡なさっているようだ。
 「お疲れ様です、1年F組の片前です。T地区近隣の庭園にて複数で個人を狙う場面に遭遇しました。至急失格手続き及び連行願います。対象は『ザ・食堂ファン』所属の一般会員、2年生の松田先輩、竹田先輩、梅田先輩。前陽大君を狙っていました」
 しゃきしゃき、てきぱき話す御方だなぁ…
 お姿は華奢で可憐な雰囲気なのに、できる大人のトップビジネスマン、みたいな印象だ。

 「直に風紀委員がやって来ますから」
 短く通話を終えて、がっくり項垂れる先輩方をさらりと一瞥なさっておられる。
 ぼんやりと事の成りゆきを見守っていた俺ですが、ふと、気になる単語が耳に甦って来た。
 通話の中で確か…「ザ・食堂ファン」って言っておられなかったっけ?
 「ザ・食堂ファン」さんって、その名の通り、食堂の熱烈なファンさんの集いで、仁も参加してるとか何とか…うーむ、仁にちゃんと聞いておけば!
 数ある部活動の中でも、「はるとセレクション」ベスト3には入る、お名前だけでも大変魅力ある存在なんだもの。
 なんやらかんやら、日常に流されていく内に聞くタイミングがなかったんだよねぇ。
 
 「あの〜…先輩方は『ザ・食堂ファン』さんに関わっていらっしゃるのですか?」
 恐る恐る尋ねたら、先輩方はしゅんとしつつこっくりと頷かれた。
 「そうなんですかー!そうとは露知らず、失礼致しました。はじめまして、前陽大と申します。先日の母の日にはクラスの催しにご賛同くださったり、素敵なチケットに協賛してくださったりとどうもありがとうございました。ウチの仁もお世話になっているようで、ほんとうにありがとうございます。きちんとご挨拶もままならないまま、今日に至ってしまって申し訳ありません」
 「はぁ、これはどうもご丁寧に…俺から松田、竹田、梅田です」
 「「よろしくお願いしまーす」」
 「こちらこそよろしくお願い致します。非常に興味深い活動を為さっておられる皆さまにお会いできて光栄です」

 そう言った途端、先輩方はふるふる震え出してしまった。
 「あぁっ!もうちょっとだったのにっ!」
 「惜しかった…惜しかったよな!」
 「神は寸手の所で我等を見放された…!」
 ???
 「我が会の名誉会員、食堂スタッフも頭が上がらない程の加賀野井が、是非もなく黙って認めるだけの料理の腕前を持つ君に、1食だけでも良いから弁当を作って欲しかったのに…!」
 「「もうちょっとで夢の弁当だったのに…!」」
 お弁当?!

 「食堂スタッフも頭が上がらない程の加賀野井」って、まさか仁のこと?
 あの子が武士道内でいちばん、好き嫌いなくモリモリ食べてくれるんだけれど。
 いつ何を作っても「美味い美味い」って言って、他の子が偏食してたら叱ってくれた…あの子、あんな格式高い食堂でそんな立ち位置にいたの?
 仁、何者?!
 いや、それは後々本人に聞くとして、心に留めておこう。
 「あの…先輩方が俺を捕まえようとなさっておられたのは、もしかしてお弁当目当てだったのですか…?」
 「「「うん………だって加賀野井絶賛のお母さんの弁当…」」」

 ますますしょんぼりなさる先輩方は、お腹を空かせた時の武士道とそっくりで。
 なんだか、お可愛らしいなぁと想った。
 「俺などのお弁当は、食堂のお料理に及びもしませんが…きっと仁は優しいからですし。でも、よろしかったらいつか、素敵チケットを使って『ザ・食堂ファン』さんにお邪魔させて頂きたいと想ってるんです。そのお礼としてはささやかですが、お弁当を作らせて頂いてもよろしいでしょうか?俺、将来はお店を出したいと想っておりまして、なるべくたくさんの方に俺の作るものを食べて頂きたいんですよ」
 「「「…お母さん…!」」」

 
 それから程なくやって来られた風紀委員さんに因って、先輩方は連行されてしまった。
 去り際、ちらっと振り返った先輩方に、ちいさく手を振ったら笑顔が返って来た。
 ふふー、たのしみだなぁ。
 先ずは仁に「ザ・食堂ファン」さんのこと、よぅく聞いてみなくっちゃね!
 と、にこにこしている場合じゃなかったのでした…助けてくださったかたまえさんに、ちゃんとご挨拶とお礼をしなくては。
 それまで見守っていてくださったかたまえさんに視線を向けたら、くすくす笑っていらっしゃった。

 できる大人の男がくすくすっと、それはもう愛嬌たっぷり可愛らしく笑っていらっしゃるものだから、自然と頬が熱くなった。
 素敵な方だなぁ。
 同い年とは想えない落ち着きっぷりに、可愛らしさがバランス良く同居した、魅力的な方だ。
 「あ、あの…かたまえさん、ですよね。はじめまして、前陽大と申します。この度はゲームオーバーになる所を助けてくださって、どうもありがとうございました」
 「どういたしまして。噂のお母さんっぷりを近くで拝見出来て光栄です。あの先輩達だったら前君にとって1番害がないから、捕まった方が良かったかも知れないね…?」
 「えっ」

 「おっと、とっくに3年もスタートしてる時間だ…そろそろ生徒会も出て来る。俺も行かなくちゃ。残念ながらゆっくり話している暇はないみたいだ」
 「あ、はい!すみません、足留めしてしまって…」
  サラサラの茶色い髪を揺らして、かたまえさんはにっこりと笑った。
 「本当に残念だ、また機会があったらよろしくね。俺はF組の片前尚(かたまえ・なお)、所古先輩の下で動いてる」
 「こちらこそよろしくお願い致します」
 所古先輩の下で?
 所古先輩って…待てよ、じゃあ一昨日呼び出された時に廊下ですれ違ったのは、かたまえさんだったんだ。

 「俺からこの新歓について少し言っておく。君の支援者は多いけれど、同様に快く想っていない者も居る。だから基本は捕まらない様に気を付けて。
 ただ、今みたいに君の特技や存在を純粋に認め、求めるが余りに追い掛けて来る連中も居る。見極めは君ならすぐに付く筈だ。質の悪いヤツは瞳を見るか空気を読めばわかる。
 闇雲に走って逃げるだけじゃ残り時間保たないよ。害の無さそうな連中には『助けて』って言ってみるのも手だ。頑張って。君の健闘を祈ってる」

 わぁ!
 爽やかな笑顔を残して、かたまえさんは颯爽と去って行かれた。
 格好良いなぁ…!
 また会えたらいいな。
 既に遠い背中へ向けて、ありがとうございましたと一礼し、俺もその場から離れた。



 2011-08-13 22:58筆


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