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耳栓は間に合った!
俺もだいぶん十八学園に慣れて来たんだなぁ。
けれども、しみじみしている余裕などなく、間に合ったのにそれでも耳がキーンとしておりますよ。
それだけものすごい歓喜の声の嵐だということ。
そこいら中、四方八方からいろいろなトーンの声音で、言葉にならない悲鳴が途切れることなく続いている。
冷静さを取り戻した方々は、気を取り直して、今度は銘々の名前を連呼し始めていらっしゃる。
声って、不思議なものだ。
空気をびりびり震わせて、何のリズムもなく発せられている、たくさんの人たちのいろいろな声。
想いのままに、そうせざるを得ない衝動のままに、無我夢中だったり、理性は保っていたり、いろいろな感情が働いている。
声の大波小波に揺さぶられながら、ぼうっと、立っているので精一杯だった。
呑みこまれないように、足を踏みしめて必死だった。
皆、皆、今日という日を楽しみにしておられたんだ。
凌先輩も言っておられた。
『生徒の期待も関心も強い。今更止められないし、内容を変える事も出来ない』
『これを楽しみに進級する生徒も多いから、どうしようもないんだ』
純粋な想いだけで物事は成り立たない、これだけおおきな学校なら尚更のこと。
行事1つ開催するのにもたくさんの想いが錯綜して、まとめるのにどれだけ大変だろうか、想像も及ばない。
大変、なことだけれど。
すごいなぁって、想った。
声を上げ続けている皆さんのお気持ち、そんな風に人の心を動かすアイドルさんたち、皆、皆、すごい。
すごい光だ。
講堂を包みこんでいる不可思議なパワーと言うか生命力と言うのだろうか、それはとんでもない熱気を帯び始めていた。
ぽけーんとしながらも、熱気に呑まれないように踏み止まっていたから、聞こえたのだろうか。
「きゃ―――!!ってか…バッカみてー…」
「消えろ、生徒会ー!!ウゼーぞー!!」
「つか、マジ今年こそクソウゼー柾消そうぜ」
「アイツ消せば終わりだろ、今年の」
「お願いごとねぇ…『3大勢力』解散とか?」
「きゃ―――!!皆様、気を付けて下さぁい!!なんつってな」
え…?
想わず、辺りをきょろきょろ見渡した。
でも膨大な熱気が、空耳か現実かどうかの判断さえ妨げる。
十左近先輩のアナウンス以降、クラスも学年も関係なく入り乱れ、コンサート騒ぎの真っ直中だから、事態が把握できない。
判別できない複数の低い呟き。
歓声に乗っているようで冷めきった、この行事を喜んでいない人たちの声。
空耳…?
いや、でも、確かに聞こえた…
急に体温が冷えて、激しい不安に駆られた。
賛成するひとがいれば、反対するひともいる。
それは当たり前の現実だ。
けれどもさっきの声は、過度な反対を匂わせる、何もかも受け入れていない雰囲気の冷たい声、だった。
皆さま、大丈夫なんだろうか………
目を向けた舞台上は、そんな影の世界を一面に持つとはとても想えない程、明るくキラキラ光っていた。
アイドルの皆さまは、一際に濃い赤色の大輪のバラをつけていらっしゃる。
それはつまり、誰よりもとても目立つ。
どこにいたって、すぐにわかるぐらいに目立つ、強い赤色は、俺の不安を煽った。
「しー、静かにして」
「しー、始めるから」
七々原優月さんと満月さんが、人指し指を口に当てて、かわいらしく静謐を促している。
そのお姿に、講堂内は俄にほのぼのと静けさを取り戻した。
「はぁい!皆ぁ、もぉルールわかってるよねぇ〜?時間が推してるからぁ〜ちゃっちゃと進行するねぇ〜」
ひーちゃんったら、なんですかあのジャージの着こなし…!!
ジャージにもアクセサリーじゃらじゃらデコって、中途半端に腕脚部分まくり上げて…なんてだらしないっ!!
おまけにジャージの下に来ているTシャツの柄が、派手派手カラフルなドクロ柄って、あなたは一体今からどちらへルンルンお出かけ気分なんですか?!
「これから2限内、逃げ切った人が勝ちだよ。バラを死守してね」
ひ、日景館先輩………。
笑顔が眩しいです………。
「………では、こ…会長、から。一言。」
無門さん、頑張りましたね…!
ほんのすこしだけ口ごもったけれど、大丈夫、バッチリですよ!
「一言で終わるかっつの…」
あれ?
柾先輩のバラも赤いけれど、どなたさまよりも大輪で、黒みがかっている…?
そして何故、手に持っておられるんだ。
「俺様の可愛い可愛いお前ら、待ち焦がれた新歓の日だ…目一杯はしゃげよ…?想いのままに暴れろ!3年生は最後、2年生は貴重な2回目、1年生は漸く迎えた初陣だ。
いずれにせよ互いに2度とない今日だ、最高のパーティーにしようぜ…?
それと…俺様を捕まえられる天使が今年こそ現れるのか…愉しみだ」
バ………!
…いやいや、仮にも生徒会長さま相手、直接言うわけじゃない、心の中だけれども、こんなこと想うだけでも罪だろうけれど………おバカさまなんですか…?
大仰にゆっくりと間を取ってバラにくちづけ、この上なく悪どく微笑っているお姿に、なんだか…目一杯はしゃぐどころじゃない、想いっきり脱力した。
講堂内が悲鳴と会長さまコールで埋め尽くされようとする中、悪ふざけたっぷり笑顔から一点、急に鋭くなった瞳がすべてを射た。
「じゃ、始めるぜ。パラダイスへ行きやがれ、野郎共。1年、スタート」
決しておおきな声じゃないのに、その声に逆らうことはできなくて、身体が勝手に開け放たれた講堂の入口を目指して動いていた。
2011-08-06 23:50筆[ 362/761 ][*prev] [next#]
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