20


 きゅっと小気味よく、ペットボトルの蓋が開く音がした。
 「このジャスミンティー、美味しいよね。はい、前君の分」
 「あ゛り゛がどう゛ござい゛ま゛ず…」
 ジェントルマンな仕草で先輩に開けて貰ったジャスミンティーは、喉ごしよくひんやり冷たかった。
 爽やかな花の香りがふわあっと鼻孔に広がって、とてもおいしい。
 こくこくと飲んでいらっしゃった、渡久山先輩と目が合って、おいしいですねと笑い合った。
 喉を潤した後、澄んだ眼差しがこちらを振り返った。

 「それで、本題なんだけど」
 おぉ?!本題???
 宮成先輩のことは、本題じゃなかったのだろうか。
 きょとりと目を見張ったら、どこか痛ましい表情になった渡久山先輩の視線が、さり気なく俺の足元へ向けられた。
 「前君、足は大丈夫?」
 それでその表情の意味がわかった。
 柾先輩と仁と一成しか知らないこと、つまりほんとうの3大勢力の皆さんは知っているということ。

 「すっかり大丈夫ですー!勝手に転んだようなものですし、大したことありませんから」
 「そう…明日の新歓はどうかな。参加するの?」
 「はい!今から楽しみなんですよー」
 「そっか…概要は知ってるみたいだけど、俺からも説明しておくね。新歓は十八学園高等部の伝統行事の1つ、ずっと同じ内容で続いて来たものだから、生徒の期待も関心も強い。今更止められないし、内容を変える事も出来ない。例年どんなに目を光らせていても、一部の生徒に因る過激な動向が見受けられるから、俺達としては立食パーティーだけで収めたいんだけどね…これを楽しみに進級する生徒も多いから、どうしようもないんだ。
 明日、全生徒が周知のこの行事について、詳しい説明は一切ない。だから、俺が今から言うことをよく覚えておいて欲しい」

 何とまぁ!
 そんな裏事情が!
 真剣な「風紀副委員長」の表情に切り替わった渡久山先輩、これはきちんと聞いておかなければ…こくりと神妙に頷いた。


 「プリントは見たよね?メインイベントは、5限6限を使った隠れんぼ式鬼ごっこ。新入生歓迎会と銘打っておきながら、基本は新入生…つまり前君達1年生が逃げる役、2年生3年生は追いかける役となってる。
 でも、実際の所は1人対全校生徒だ。イベント前に配られる1人1輪のバラのブローチ、これを参加生徒全員が死守する事が絶対になる。制限時間内に奪われたら、その時点でお互いゲーム終了。捕まえる人数を1人に限っているのは、このゲームの特典に起因する。
 最後まで逃げ切ったら、この先1年間の学園生活の安泰が保証される。万一、誰かに捕まった際は、捕まえられた相手の願い事を何でも1つ、叶えなければならない。勿論、常識の範囲内で、という原則はあるけれど…質の悪い相手に捕まったら、『友達になって下さい』という友達の名目の下、何が為されるかわからない…」


 業田先生から手渡されたプリントを拝見した時は、楽しそうなイベントだなぁって想った。
 俺の数少ない特技のひとつ、足の速さを生かして、学園中を散策しながら逃げちゃうぞーっと意気込んでもいた。
 でも、そんな単純なものではないらしい。
 「捕まった相手のお願いごとを何でも1つ叶えること」って、面白いし、斬新なアイディアだなぁと想ったけれど…
 そうとは見せずに悪用される可能性もある、ということか。
 改めて渡久山先輩の口からお話を聞くと、なんだか、ひやりとした。
 

 「無論、不当な行為、不正がない様に、全職員、我々風紀委員会及びその下に属する風犬隊、武士道の下に属する野良猫隊、あと運動部有志、武道関連に秀でた有志を募った精鋭部隊で、イベント会場内の警備は行う。また、保健委員有志ないしは体調の優れない者、特定の理由で不参加を認められた生徒は、イベント宣誓会場で一部の先生方と臨時保健委員として待機する。
 けれど、このイベントの恐ろしい所はね、皆のアイドル『生徒会』が、高熱でもない限り強制全員参加する、っていう事なんだよね…武士道や人気の高い生徒も必須参加だし。だからこそこのイベントは多くの生徒に望まれているんだけど…って、これは俺の個人的な愚痴です、話を戻すね。
 それで前君、前君の生徒間の注目度は非常に高い。君は明日、間違いなく複数から狙われる事になる。どんなに万全な警備、スムーズなイベント進行を計画していても、個人に対する複数の追っ手を完全には防ぎ様がない。そこで君に関しては対策を練った」
 

 へっ?!
 「お、俺が複数から狙われ…!まさかそんな、俺など捕まえても何にもできませんし…!誰も注目なんて…いえ、それは校内新聞でお騒がせしていますけれども、俺個人には何の価値もありませんから!」
 「甘いよ、前君」
 苦笑いしながら否定した刹那、キラリっと、渡久山先輩の瞳が険しく光った。
 こ、怖い!

 「前君に価値がない訳ないじゃない?俺はさっき言ったよね、君と一緒に居れば心安らぐ、君にはすごく感謝してるって。この俺やあのプライドの権化である宮成先輩までが君に心を許している。前君には他の生徒にない、何て言うか…ほのぼのした癒しオーラがあると言うか…それだけでも君と接近する価値は大いにある。

 尚且つ、君はそのオーラで、学園の中でも気難しい部類の生徒達の心を開かせて来た。一般生徒が接近を望む生徒達と、確かな繋がりがある。弁当シフトがまさにそれを現しているよね。憧れとされている先生方にも、君の授業態度が良いと評判が高い。つまり、前君と仲良くなればあわよくば…と考える輩が居るという事!そうやってある意味ポジティブならまだしも、単に妬んでいる生徒だって居るだろうしね…。

 更に、君の料理の腕だ。気難しい生徒達に美味しいと言わせる料理を味わいたいと、食に関心の高い生徒達の中で何らかの動きがある様だ。

 ね?俺が今把握しているだけでも、大多数の生徒は先ず君を捕まえようと躍起になっている筈なんだよ」


 
 2011-07-31 23:45筆


[ 358/761 ]

[*prev] [next#]
[目次]
[しおりを挟む]

- 戻る -
- 表紙へ戻る -




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -