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 取り残された俺は、ぽかんとなって。
 手を動かせていた、ということは、だいじょうぶなんだろうか。
 いや、でも、夜や明日になったら、急に後遺症が出てくるかも知れない。
 慌てて、「失礼いたします、お邪魔します」と声をかけてから、室内へと彼の後を追った。
 「あの…!!差し出がましく不躾だと存じておりますが、湿布か何かで手当てさせていただけないでしょうか?!」

 彼は、何事もなかったかのように、ソファーに腰かけておられた。
 入って来た俺に、ちらっと視線を向けてから、ため息とガンつけ。
 「……うるせー…バカにしてんじゃねーよ」
 「騒がしくして申し訳ございません。しかし、後々腫れてたら大変ですから。傷から発熱するかも知れません」
 「うるせーっつってんだよ…!あの程度で使い物にならなくなるヤワな手じゃねぇっつの!!バカにすんなっ」

 忌々しそうに吐き捨てる、彼。
 乱暴に外される視線。
 まだ、赤い手。
 俺は、しばらく、沈黙した。
 ふるふると、内側からこみ上げてくる、「いつものクセ」の存在を感じる。
 ダメだ。
 抑えろ、俺…!!

 この方はきっと、これから一年を共に寮で過ごす、俺の同室者「Miki Miyama」さんだ。
 出会い頭に、彼の事情はまだ聞いていないものの、後からのこのこやって来た新参者の俺が、いきなり怪我を負わせてしまった。
 それだけでも、マイナススタートなのに。
 ダメだ。
 抑えろ…我慢だ、俺…!!

 …あぁ…でも……
 ちらりとまた、つい見やってしまった、彼の手。
 確かに、同年代の手にしては、男らしく大きな手だ。
 俺なんかよりも、よっぽどしっかりした手。
 鉄鍋の衝撃にだって、耐えられそうな手。
 だけど。

 その手の甲は、赤いまま。
 気の所為か、先程よりも、赤みを増している…?
 どんどん腫れているのではないか。
 いや、しかし。
 でも…!
 「…っち、てめー、まだボサッと突っ立ってんのか…んだよ、ウゼーんだよっ!!マジで殴っ、」

 彼が、なにごとか言いかけておられるのは、わかっていたのに。
 もう我慢できないっ!!
 「バカになどしておりませんっ!!!!!」
 「あぁ…?!」
 言葉を遮ってしまった、彼の眉間に皺が寄ったままのは、わかっていたのに。


 「俺が悪いのはわかっています!!だけれども、そのまま放っておいてもしも、もしもですよ?!骨に異常があったらどうするのですか?!今は大したことがなくても、今夜、急に熱を出すかも知れないんですよっ?!
 それだけで済んだら良いものの、うっかりバイキンが入って化膿、よしんば骨にヒビでも入っていて、後々その立派な手が使い物にならなくなったらどうするんですかっ?!あなたの一生が台無しになるんですよ?!

 普段は五体満足が当たり前だと思っているかも知れませんが、片手が使えなくなるだけでどれだけ不便であるか…両手を自由に使いたいと願っておられる御方が、俺たちの考えも及ばない世界中に、たっくさんいらっしゃるんです…!!せっかく五体満足な男子として生まれたからには、みすみすそれを損なうような、気安く軽々しい真似などしてはいけませんっ!!不自由を抱えていらっしゃる方々に失礼なだけではなく、未来のあなたが可哀想ですっ!!

 さぁ、手をお預けくださいっ!!俺に触られるのが不快でしたら、校医さんを呼ばせていただくか、もしくは救急車を手配させていただきますからっ!!」


 「……てめ、大したことねーっつって、」
 「いけません!!大したことあるかないか、決めるのはあなたじゃありません!!あなたは外科の専門医なんですか?!百%完全にご自分のお身体を把握しておられるんですかっ?!違うでしょう?!」
 「……こんなもん、舐めときゃ治、」
 「その心意気は褒め称えるべき日本男子としての天晴根性ですが、先程申し上げました通り、あなたの拳をお迎えした鍋は、普通の鍋ではありません。人間には確かに自浄能力が備わっておりますが、事態が違います」

 「……放っとけよ、ウゼ、」
 「いけません!!放っとくのが1番いけません!!まだ十代、成長過程の身体なのですから、安易に扱ってはなりませんっ!!」


 かくして俺は、挨拶や巣作りの前に我を忘れ、手荷物の中から救急セットを広げたのだった。



 2010-04-15 22:59筆


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