16.孤独な狼ちゃんの心の中(9)


 穂とクソ会長に視線を固定して、分けられた弁当を無感情に咀嚼しながら、聴覚は1点に集中していた。

 「はいはい、無門さん、おにぎりは口をおっきく開けて食べましょうね。それこそがおにぎりの醍醐味なんですよ!こぶりに握ってあるのでぱくーっと…そうそう、上手ですーふふ、おいしいですか?ありがとうございますー!あらまぁ、ごはん粒がほっぺに付いてますよー。はい、取れました!はい、あーん!
 ん?なぁに、ひーちゃん?お茶ならさっき入れて…もう飲んじゃったの?しょうがないなぁ…はい、どうぞ。熱いから気をつけるんですよ。ひーちゃん、軽く猫舌気味なんだから。え、ウィンクしてるたこが良い?残念でした〜ウィンクたこはプレミア中のプレミアなんだよ。それよりたこばっかり食べないの!はい、ひーちゃんの好きなマヨ醤油おかかおにぎり。
 ん、優月さん、満月さん、どうしました?ふふ、はいはい、2人共お揃いでほっぺにごはん粒つけて〜しょうがないですねぇ!生徒会1年生組さんは、ほっぺにごはん粒付けるのがトレンディーなんですか?」

 こんなうるさい空間で、聞こえて来るのは、たった1人の声で。
 不愉快だった。
 その気分のままに、穂とクソヤロー会長を睨みつけておいた。
 イライラする。
 面倒くせー。
 穂は何故、俺の隣に居ない?
 穂が居れば、こんな不快な気分を味わう事はない。
 アイツが一方的に話して、あちこち目移りしながらはしゃぎ回るから、目が離せない所か全神経で集中出来る。

 自然と穂の事ばかりで埋め尽くされる。
 余計な感情は全部、なかった事にできる。
 穂が隣に居ないと、駄目だ。
 ワケのわからない苛立ちが、すぐにわき起こって来る。
 何をしたって晴れる事のない衝動で、身体中ドス黒く塗り潰される。
 抗い様のない、黒いどろどろとした世界へ呑み込まれる、気味の悪い感覚だ。
 腹が立つ。
 何故俺が、こんな目に遭うのか。
 どれだけ考えた所で答えのない問いに、また苛まれて、血が滾る。

 どうでも良い。
 俺には関係ない。
 誰も彼も好きにすれば良い。
 俺も勝手にする。
 この山奥の監獄では、俺達は自由なのだから。
 束の間の自由、抑制する必要はない。
 自分以外、他人なんかどうでも良い。
 関係ない。
 知りたくもない。
 見たくもない。
 何も聞きたくない、聞こえない。
 
 俺は、穂だけ居ればそれで良い。

 それなのに、穂が隣に居ない。
 だから、誰にも見咎められない奥底に投棄した感情が、呼んでもいないのに目を覚ます。

 前が、元クソ会長と会ってた。
 前が、朝、何でか部屋の外で仁サンと一成サンと一緒に居た。
 前が、どっかのクソ親衛隊の所為でケガをした。
 前が、クソ会計と書記に挟まれて笑ってる。
 前が、クソガキ共の世話してる。
 前が………

 俺にはもう、関係ない。
 (アノ宮成クソ先輩とも仲良いとか、いつの間にどーなってんだコイツの交友関係は…クソ風紀と厄介な関係になってんじゃねーだろうな…)
 アイツがどうなろうと、知った事か。
 (寝てると想ってた…けどアイツはもう起きてて、仁サンと一成サンと外に居た。どういう事だ?)
 大体、いくら外部生でももう約2ヵ月経ったクセに、この学園で隙だらけなのが悪い。
 (どっかのクソ親衛隊ってどこだ…?ぶつかっただけとか、親衛隊関連でんな平和ボケした理由があるワケねー)
 弁当シフトだか何か知らねー、俺はもう関わってない。
 (………甘えんのにも程があるだろ……デカい図体でどいつもこいつも…恥ずかしくねーのか)

 何もかもどうでも良い。
 俺には、穂だけだ。
 俺はアイツの保護者でも何でもない、ただの元同室者。
 昨日からずっと穂と一緒に居る。
 あの変態寮監から了承を取った、この週末には完全に穂の部屋へ移動する。
 アイツとは交流のない、お互い名前だけ知ってるクラスメイトになる。
 それで良い。
 清々している。

 視界の端に、時々、アイツのいつもの定位置なんだろう、それを奪った穂とクソ会長に視線を向けている様がちらつく。

 だから何だって言うんだ。
 俺の知った事か。
 暴力的に育って行く衝動を宥めながら、時間が過ぎるのをただ待った。
 穂さえ、早く俺の隣に戻ってくれば…
 「…すっげー顔。美山さ、わかり易過ぎじゃね?」
 俺の隣には1番食えない男が居て、へらへらと笑っている、この現状にも腹が立つ。
 「うるせー…黙ってろ」 
 バスケ部ルーキーが…てめーはボールだけ追ってろ。

 穂に興味持ちやがって、ウゼー。
 俺がわかり易い?
 てめーは何も知らねーだろーが。
 「美山ってさーマジ不器用だよねー」
 あははと朗らかに笑うそのツラに、てめーの大好きなバスケットボールを叩き込んでやりてー。
 だが、コイツは食えないヤツだけに、口でも手でも関わらない方が良い。
 無視して、賑やかな穂だけを視野に収めた。


 「まぁ、美山がどうなろうと俺には関係ないんだけどさーお前、いつまでもそんなんだと、マジで大事なもん何も守れないんじゃん?どーでもいーけどさ、ちょっとガチで『色々』気を付けたらー?」


 てめーに何がわかる。
 何が見える。
 俺にも見えないものまで見通している様な、昔から妙に底知れない不気味さを持ってるコイツが、心底鬱陶しい。
 「てめーにとやかく言われる筋合い無い」
 「それを言える資格はお前にはないよ。って俺が言ってる意味もわかんないだろ?ヒントね、ヒント。気が向いたらで良い、穂からちょっと手が離れた時にでも、前のケガの理由探ってみろよ。後悔先に立たずって意味、噛み締めると想うよ?」
 「知るか。アイツがどうでも俺には関係ない。てめーも何かと俺と穂に関わんな、ウゼーんだよ」
 「あはは、お互い様だっつの!」

 バスケ部の手が俺の背中を容赦なく叩き、本気で音成を潰したくなった時、異常に長かった昼休みが終わった。



 2011-07-27 23:37筆


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