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とにもかくにも、お昼休みは限られているということで。
お弁当の時間です。
中央の応接セットにお弁当の包みを広げたら、九さんを中心にわぁっと歓声が広がって、内心照れまくりです。
今日は秀平達や武士道にも大好評の大定番、陽大特製・ベーシックなおにぎりお弁当ですよー!
ちいさめのシンプルなおにぎりをたくさんに、人気のおかずを詰め込んだお弁当は、毎日これでもいいというお声を頂く人気もの。
俺にとっては正直、内容に迷った時、時間がない時の救世主的メニューとなっております。
「お茶入れて来ますねー」
わいわいと盛り上がってくださっている皆さまを邪魔しないよう、そうっと声をかけて、キッチンへ向かった。
数回使わせて頂いているキッチンの扱いは、もう慣れたものです。
ふふふ…このキッチンが俺のテリトリーと化すのも、最早時間の問題ですね…?
お洒落ケトルでお湯を沸かしつつ、お味噌汁を鍋にかけた。
ふう、やれやれ…
立ちこめる湯気に、心から安堵する。
あまりの冷気に冷えた肝も、暖められるといいますか。
しかし、やはり柾先輩は食えない御方ですねぇ。
「足、どうだ」
ため息を吐いたところで、急に話しかけられて飛び上がりそうになった。
タイミングがいいと言うか悪いと言うか…神出鬼没、自由自在と言うか!
なんなんですか、この御方は。
ほんとうになんなんでしょうか?
見上げた眼鏡の奥の瞳は、もう平静で穏やかだ。
「…柾先輩……いきなり登場なさらないでください…」
「あ?此所は俺の城だ。いつ何処に現れようと俺の勝手だ」
なんなんですか。
「………それはどうも失礼致しました。お陰さまでもう大丈夫です。昨日は大変ご迷惑お掛けして申し訳ありませんでした。ありがとうございました?」
「いえいえ、何を仰られますやら!学園の母君の怪我が大事に至らなかった様で何よりで御座います。心配で心配で…眠れなかったものですから…それなのに誰か様からメールの返信がなくて…いや、お元気そうで安心致しました」
むむぅっ?!
なんとまあ、面白がった表情というか、例の病が発病した時のような瞳!
「…それは大変申し訳ございませんでした。それにしては、すっきりしたお顔のようですが?生まれてこの方、不眠に陥ったことなどないといったご健康そうなご容貌、僭越ながら羨ましさを禁じ得ません。と言うか、俺はあなたの母君になった覚えはございません」
「だから『学園の』つったろ?俺もこんなちいさな母君から生まれた覚えはございません」
「な…!今、今…!俺の地雷を、今…!」
わなわなと震える俺を、柾先輩は笑った。
無理のない、ふつうの、ありのままの笑顔に、ちょっと目を奪われた。
冷たさの欠片もない、人間味のある笑顔だ。
じゃあ、さっきは一体なんだったんだ。
今の、この人は?
「ま、そんだけ元気なら大丈夫だな。良かった。つっても無理すんなよ。関節とか骨とか、節々の故障はクセになり易いからな」
ぽんぽんっと頭を撫でられて、手伝いを申し出られた。
俺の頭は、あなたさまの手のストレッチの為に存在するのでしょうか。
「手伝っていらないですー大丈夫ですー俺などどうせバリスタさまの足元にも及びませんが、お茶ぐらい入れられますから」
「俺も別にバリスタじゃねえけど、お茶『ぐらい』って、陽大君は茶の世界を随分ナメておられるご様子ですね…?おっと、これは失礼致しました。密かに茶道の大家でいらっしゃる?」
むむむむむぅっ!
なにか言い返そうとした時、おおきな声が響いた。
「2人でコソコソ、何してんだよっ?!」
はっと振り返ったら、相変わらずお顔が赤いままの九さんが、両の拳を震わせて立っておられた。
「2人でコソコソ」と、一括りにされてしまうと非常に複雑なんだけれども…
何か言う前に、柾先輩があっさりと言い放った。
「手伝ってただけだ。1人でこの人数の食事の用意は大変だし、陽大、怪我してるからな」
「はるとのケガなんか、大したことないんだってさっ!!な、はると!!今日フツーにガッコ来てるし、フツーに歩いてたし、オレはずっと見てたから知ってるんだ!!大体、はるとのケガだって勝手に人にぶつかっただけの話だろ?!それよりさっ、コ、コウまでそんな家政婦紛いの事なんかしてねーで、さっさと食っちゃおうぜー!!オレ、腹ぺこなんだ!!よく知らないけど、はるとが好きでやってる弁当シフト?!なんだろ?!じゃ、慣れてるからいいだろっ!!なーあっち行ってようよ、コ、コウ!!オ、オレっもっと、こ、昴と話したいって言うか…」
九さんは転校生さんだから、早く皆さんと仲良くなりたいんだろうな。
一生懸命な九さんに笑いかけて、俺は柾先輩を見上げた。
「九さんの仰る通り、俺なら大丈夫ですから。お気遣いありがとうございます。お昼休みが過ぎて行くばっかりですし、皆さんと先に召し上がっていてください。用意できたらすぐに持って行きますから」
「ほらー!!はるともそう言ってるじゃん!!行こうぜ、コ、コウ!!」
恐らく、九さんは先輩の腕を引こうとしたのだけれど。
何が起こったのか、瞬時に理解できなかった。
目を疑った。
柾先輩は少しも移動されてないばかりか、その場から微動だにしておられないのに、九さんの手は先輩に届かず空を掴んでいる。
九さんも、ぽかんとしておられるようだった。
柾先輩は、またにっこり、絶世のアイドルさまのキラキラ笑顔。
「わかった、すぐ行く。先に行って俺の席取っておいてくれるか?あいつら、遠慮知らずだからな」
「!!お、おうっ、オレがコ、コウの席、キープしとくからっ!!マジですぐ来いよなっ!!」
「あぁ」
俺はと言うと。
このキラキラの笑顔を、どうにか何かのエネルギーに使えないものか、発電できるのじゃないかと考えていた。
2011-07-21 23:59筆[ 351/761 ][*prev] [next#]
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