9.所古辰の淫らでゴメンネ(3)


 俺の隊で1番可愛いのは、1年の片前(かたまえ)だ。
 卒業するのが惜しくなる、2才差が残念極まりないと想う程には目をかけている。
 常に礼儀正しく落ち着いている。
 気品があるのに取っつき難さはない。
 学力は知らん、しかし生きて行く知恵があって賢い。
 可憐な容姿の割に、「喧嘩道」を取り仕切れる腕もある。
 その上セックスの相性も良いとくれば、まさに非の打ち所がない。
 ………まァ、本性はアレだが…それもヤツの可愛い所だろう、多分。

 自然、側に呼ぶ事が多くなった。
 美人で賢くて愛嬌もあるってのは、無敵だねェ。
 寮監業の前に、まともに1限出るのはかったりィ、片前を呼んでみた。
 大正解だ。
 人が気持ち良ォ〜く…ガチで気持ち良ォ〜く朝を迎えている最中、アポなく強襲して来やがった可愛くねェ狼+宇宙人の所為で、俺の学園生活始まって以来、最低最悪だった機嫌があっさり浮上した。
 片前様々だ。

 「――そろそろ時間だね。行くね」
 甘い余韻を壊さず身支度を整え、細身を屈めて額に親愛のキスを落として行く。
 どこもかしこも完璧で澱みない。
 もういつもの落ち着いた表情を見せながら、瞳に残っている熱情の欠片が可愛い事この上ない。
 良いヤツだ。
 手放すのが惜しい。
 他の猫ちゃん達とはお別れしても、片前とはギリギリまで遊んでいたいねェ。

 「煙草は控え目に!じゃあね、所古先輩」
 ヒラヒラと手を振られて、手を振り返した。
 さり気ない気遣い、空気の読み方は、人として当然の事かも知れん。
 社会に出るに当たっては至極当たり前に要求される能力だろう。
 だが、宇宙人共と遭遇した後の我が身には、非常に沁み入るねェ。
 どうしたって男って奴ァ、癒しや温もりは色恋対象の人間からしか得られない、面倒で厄介な生き物だ。
 しっかし至福の情事の後の一服程、美味いものはない。

 我ながらオッサン並に老けた思考を自嘲する間もなく、前陽大がやって来た。
 宇宙人共と対極の位置に居る、片前とも違う前陽大。
 俺に呼び出された事に緊張しているのだろう、扉の前で深呼吸している気配に苦笑が零れた。
 面白いヤツ、だが気を遣い過ぎて不器用に自分の首を絞め続け、それでも尚笑顔のまま自滅の道を歩み、周囲が気づいた時にはもう手遅れ…ってェ、パターンだろうか。
 人が好過ぎんだァ、お前さんは。
 カチコチで入って来るなり、物珍しそうに辺りをぐるりと見渡し、吹き抜ける風に目を細めたかと想うと、たどたどしいながら極めて丁寧な挨拶を始めた。

 見ている分には愉快だが…こんな些末な事柄共にいちいち感情を揺さぶられていたら、毎日気苦労が絶えんだろうに。
 コイツの側にちょっとでも自立した大人が居れば支えになるだろうが…ざっと想い浮かべた面々では、まだ無理があるねェ。
 まして宇宙人に夢中の美山では、コイツの隣は務まりきれない話だ。
 まァ、俺には関係ない。

 「面白いねェ、チビ助は。まァ、残念ながらゆっくり話してる時間はないんでねェ。単刀直入に聞く。美山と何があった」
 さっさと切り出すと、前陽大は見る間に顔色を無くした。
 「…え……あ、の……?」
 「今朝方、いきなり美山と転校生が来てなァー来るなり部屋を移りたいと申請書出しやがった。美山曰く、九は外部生だから学園の事を把握していない為、1人部屋は危険なんだとよ。一応の筋は通ってるが、念の為お前さんにも確認しておこうと想ってなァ。何、珍しい話じゃない、寮部屋の組み合わせは慎重に行われるが、毎年数人は部屋替え希望を出して来やがる。全寮制だけあって、それなりの理由であるなら各自の意思が尊重される。
 美山は気難しい質だが、お前さんと上手く行ってなかったとは想えんのでなァ」
 
 わかりやすい程に青ざめ、動揺する前陽大。
 まさか泣くんじゃあるまいなァ。
 それぐらい意気消沈している。
 俺ァ上手く慰められんし、外見如何に問わず男のクセに誰彼構わず泣き出す人間は苦手だ。
 泣いたら十左近でも呼び出すかと、何気なくポケットの携帯を確認していたら。
 きりっと唇を引き結んで、前陽大は快活に笑った。
 眉尻は下がっているが、にっこりと笑って、まっすぐに俺を見た。

 「そうですか…部屋を移動するおつもりだというお話は伺っておりました。もう申請されていたとは想いも因らず、動揺してしまって申し訳ありません。
 美山さんには入寮当初から非常にお世話になりました…僅かな期間でしたが、ご一緒できてとっても楽しかったので、残念ではあります。たくさんご迷惑おかけしてしまったり、変に干渉してしまったこともあったので、それが原因かも知れません。ですから、美山さんのご意志を尊重することに、なんら異存はありません。
 それに、差し出がましい限りですが、九さんも美山さんに側にいて頂いたら、とても心強いかとお察し致します。
 所古先輩、お忙しい中お時間取ってくださり、お気遣いまでありがとうございます。美山さんが早急に移動をお望みでしたら、お手伝いできることがあれば協力したいと想います」

 想わず唖然とした。

 俺はこの学園に、他の奴等同様、幼等部から在籍している。
 滅多な事では驚かない自負がある。
 それがどうだ。
 「…お前さんはただ、この書類に同意のサインをするだけで良い。荷物の移動や部屋のメンテナンスは専門の業者が取り仕切る」
 「はい、わかりました。署名だけでいいでしょうか」
 「あぁ、その下だ」
 美山の荒んだ筆跡で書かれた部屋替え申請書を取り出すと、前陽大は一瞬だけ痛ましい表情になったが、すぐに落ち着いた筆跡でサインした。
 
 「今決定した事だから、業者の手配は週末になる。週明けからお前さんは晴れて1人部屋ってェ案配だ」
 「はい」
 「俺の用件は以上だ。そろそろチャイムが鳴る、急ぎなァ」
 「はい。お手数お掛けしました。ありがとうございました」
 ぺこりと、いっそ清々しい程の一礼をして、前陽大は背筋を伸ばして室内を横切って行った。
 お前さんが礼を言う事など、何もないだろうに…
 その後ろ姿に俺らしくもなく声を掛けてしまったのは、消化不良だったとか、魔が差したとでも言うのだろうか。

 「チビ助!」
 「はい?」
 「あー…その、呼び出して悪かったなァ。気を付けてなァ。お前さん、あんまり無理するなよ」
 出入り口で振り返り、きょとりとした表情を見せた後、殊更に笑顔が咲いた。
 「とんでもないです。こちらこそお世話おかけしてすみません。………ところで、所古先輩?『チビ助』のお礼に、俺からもいいでしょうか?」
 「あん?何でェ」


 「未成年者の喫煙は、成長期の身体にものすごい負担がかかり、害を為す恐れがあるからこそ禁じられております!!今は立派な身長、体格をお持ちで心身健康なおつもりかも知れませんが、後々誰が後悔すると言って、所古先輩ご本人が1っっっ番後悔するのですよ!?その時、側にいてくださる所古先輩の大切な方々が、どれだけ嘆かれることでしょうか、十分にすべてをご想像の上、真摯に禁煙を検討なさることを心の底からお勧め致しますっ!!

 …とは申し上げても、もうとっくに所古先輩から『成長期さん』は離れているだろうと想いますが…じゃなきゃ世の中不公平すぎる…そうですよね?!折角イケメンでお洒落メンズで立派に五体満足でいらっしゃるのでしたら、それをキープなさる努力を惜しまれてはいけません!

 まったくもうっ、どの人もこの人も頑張ってる俺に対する冒涜甚だしいです!いつか見ていてください、先輩方が怠けてお昼寝している間に、俺は男の中の男になってみせますから!!ウサギと亀の競争は、亀の勝利に決まってるんですからね!
 では!好き勝手言って申し訳ありませんでした!失礼致します」


 きっちり閉まった扉。
 再び、唖然とする俺。
 廊下を足早に遠ざかって行く足音が聞こえて。
 やや経って、2限開始のチャイムが鳴り響き。
 同時に、ふつふつと笑いがこみ上げて来て、遂には声を出して笑ってしまった。
 「……面白いねェ、チビ助ちゃん、かァ……」
 良い人材だ。
 ただの苦労性に見えて、その実、簡単に折れない程に強く、まだまだ化ける可能性も秘めている。

 「俺の下に是非とも欲しいねェ…」
 3大勢力共と取り合うのも、悪くないかも知れん。
 チャイムが鳴り終わっても尚、俺は笑い続けていた。



 2011-07-18 22:58筆


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