8.想いがけない接触

 
 授業にあまり集中できないまま、2限まで終わった。
 いけないいけない…しっかりしなくちゃ!
 そんな今、1年A組と同じ階にある空き教室へ、急ぎ足で向かっている。
 HRの後、業田先生に手招きされた。
 「具合はどうだー?」
 「お陰さまでもうすっかり大丈夫です。お騒がせして申し訳ありませんでした」
 「はは、んなかしこまるなってー!人生たまには休養も必要だしな、あんまり根詰めんじゃねーぞー」

 ぽんぽんっと、プリント数枚で頭に触れられた。
 頭を撫でられたようで、ほっと気が緩んだ。
 「コレ、昨日配ったヤツな。明日の新歓の概要と体育祭委員の選出について。ったく、1学期はイベント多くてかったるいぜーま、読めばわかるだろーけど、わかんねー事は子供達に聞きな」
 そう仰られて渡されたプリント上部に、走り書きがあったから、クラスの皆さんに「ちょっとお手洗いへ…」と言い置いて、出て来たところだ。

 『2限目終了後、1年空き教室へ行く様に。
 寮監の所古が確認したい事があるそうだ。
 話題が話題だけに他言無用。』

 所古先輩とは、初めて食堂でお会いして以来、まともにお話したことはない。
 時々お見かけする度、にこにこと手を振ってくださるのだけれど、どなたさまに対しても等しく変わらない接し方だから、個人として認識して頂いているとは想えない。
 気さくなお人柄、という印象の先輩さんだ。
 そんな寮監の所古先輩が、俺に確認したいこと…
 クラスの皆さんの前で、先生が気軽に口に出せないこと。
 なんだろう…胸騒ぎしかしない。

 空き教室がちょうど、お手洗いの方向でよかったなんて、弱気な「よかった探し」だ。
 とにかく、授業の合間の休憩時間は10分と限られている、急がなくては。
 空き教室へ近づいたところで、目的の扉から生徒さんが1人、出て来られるのが見えた。
 所古先輩…?
 と想ったら、似ても似つかない小柄で華奢な体型で、ネクタイが俺と同じ色だから他クラスの1年生さんのようだ。
 なにやら扉の向こうへヒラヒラと手を振られたかと想うと、扉を閉め、こちらへやって来られた。
 なんだろう?
 俺と同じく、所古先輩に呼び出された御方なのだろうか。

 避ける必要は感じられず、そのまますれ違う形になった、その時、目が合ってにっこり、軽くぺこり。
 慌てて返礼しつつ、落ち着いた所作でそのまま去って行かれる、後ろ姿を見送った。
 知り合いさんではないし…同じ1年生だからと、挨拶してくださったんだろうか。
 何にせよ感じのいい御方だったなぁと、心がほこほこした。
 同い年なのに、とても落ち着いた大人っぽい雰囲気だった。
 自然な笑顔で挨拶ができる御方って、ほんとうに素敵だ。
 俺も見習わなくっちゃ。

 さて、取り急ぎ、息を吸い込んで吐き出してから、扉をノックしようとして。
 「開いてるさァ、前陽大君。どうぞ〜」
 中から声が聞こえたものだから、激しく動揺してしまった。
 ノックするぞという意気込みを翻せないまま、実に中途半端なノックをしてから、あわあわと扉を開いた。
 ふわ〜!
 頬に当たる、強い風。
 「誰かに見られると面倒だァ、さっさと入ってくんなァ」
 お声のままに素早く室内に身を滑りこませて、ぽかんとなった。

 窓が全開だ〜。
 全開の窓から、風が自由自在に入りこんで、室内を飛び交っている。
 空き教室だけあって、教室後部に使われていない机セットがキレイに積まれている他、なんにもない広い広い空間。
 なんだか、これだけ風が巡回していると気持ちいい。
 今日はまた、風が強いんだなぁ。
 風の奔放さに身を任せて、ふわふわはためいているカーテンの中央、窓際に寄りかかる姿勢で所古先輩がいらっしゃった。

 短い髪をなびかせながら、優雅に存在していらっしゃる。
 相変わらず、ブレザーとカッターまでは規定だけど、後は自由人な御方だ。
 今日はまた、カッターシャツは大きくボタンを開けておられるし、いつに増してユルユルな格好だなぁ。
 それがまた似合っていらっしゃる、最早ジャージとサンダル姿に何ら違和感を覚えないのが、所古先輩のイケメンさ、お洒落センスなんだろうか。
 うーん。
 俺はここまで特別に自由な感じにはなれないですからねぇ…憧れとしておきましょう。
 
 「ええと…ご無沙汰しております。おはようございます、所古先輩。入学初日から今に至るまで、お騒がせしてばかりで申し訳ありません。とても反省しております…本日はどういった御用向きでしょうか…?」
 恐る恐るご挨拶したら、所古先輩はゆうるりと口角を上げて、唇から細長い煙草を離し…細長い煙草?!
 唇から?!
 え、しっかりと火が点いて煙が…って、携帯灰皿持参なんですか?!
 ずいぶん馴れたご様子…!
 昨日今日から喫煙始めました、っていう気配ではない。
 所古先輩…!!

 けれど、俺に何の異議も申し立てる権利などあるわけがなくて。

 「面白いねェ、チビ助は。まァ、残念ながらゆっくり話してる時間はないんでねェ。単刀直入に聞く。美山と何があった」



 2011-07-17 23:43筆


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