7.なにごとも背中合わせ


 「…失礼致します…お、おはようございます…」
 緊張でどうにかなりそうだ。
 とにかくそうっと、朝の空気を壊さないように、教室へ身を滑りこませた。
 それでも、ざわざわと談笑なさっておられたクラスの皆さんは、はっと口をつぐまれ、沈黙が室内を覆った。
 どうしようと、想う間はけれどなかった。
 一瞬の後、わあっと皆さんがこちらへ寄って来られたから。
 「「「「「お母さん…!」」」」」
 「え…?え…?」
 
 3度も騒ぎを起こした俺のこと、皆さん怒っておられるのではないのか。
 どのお顔も心配でいっぱいで、ものすごく戸惑った。
 「お母さん!昨日、帰って来なかったから心配したんだよ!」
 「業田先生からお母さんが階段踏み外して、足首捻ったって…」
 「体調も悪かったって聞いた!」
 「大丈夫?もう大丈夫?歩いてるけど、大丈夫?」
 「お休みしなくて大丈夫?」
 「武士道の皆さまがついておられるってわかってたけど…」
 「お母さんのノート、ちゃんと取っておいたからね!」

 口々に気遣いのお言葉を頂いて目頭が熱くなったのは、うれしい気持ちと、嘘を吐いている自分のやましさからだ。
 「あ、ありがとうございます…足は大したことなくて、もう大丈夫です。あの、それより俺、」
 すべての事情を明かせなくても、校内新聞に載ってしまったことは事実。
 ちゃんと謝罪しようと、息を吸い込んだ時、前列におられた合原さんと目が合った。
 「元気なら良かった、前陽大。お前が居ない5限と6限は変なカンジだったから…別に心配してたワケじゃないけどねっ」
 ――何も言わなくていい、黙っているように…――
 ちいさく首を振る合原さんの、きれいなアーモンドアイが、心配そうに揺らめきながら強く語っておられたので、口をつぐんだ。

 合原さんはいつも俺に、間違いのない適切な助言をくださる。
 いつも気にかけてくださっている、優しい御方だ。
 助けて頂いてばかりだな…
 俺に何かできることはないだろうか。
 誰にも気取られないように視線を合わせ、軽く頷きながら、合原さんが困った時は絶対に力になるんだと心に誓った。
 ふと、何やら後方が騒がしいことに気づいた。
 そちらには美山さんと、音成さんと…

 「オレも!オレも!―――と、話す!!なぁ、―――!!」
 両手をぶんぶん振って、なにごとか話しておられる九さん。
 クラスの皆さんがほとんど前方に集まってくださっていて、ちょっとしたバリケードのようになっており、ずいぶん後方の九さんのお声は「「「「「お母さん、お母さん、あのね、」」」」」の合唱であまり聞こえない。
 ともあれ、お元気そうでよかった。
 皆さんになんとか笑顔を返しながら、朝の挨拶だけでもお伝えしたかったのだけれど。
 音成さんと、目が合った。
 にっこり、今日も爽やかで快活な笑顔と共に、唇に人指し指を当てたポーズで首を振られた。

 話しかけないほうがいい…?
 それを裏付けるように、音成さんが九さんの袖を引いて話しかけておられる。
 九さんの意識はすぐにそちらへ逸れたようだった。
 なんだかよくわからないけれど、音成さんは空気を読んで立ち回ることに長けていらっしゃるから、ここは黙っていたほうがよさそうだ。
 皆さんが表でも裏でも気遣ってくださっているお陰で、平穏な1日となりそうだ。
 こんなに頼って、甘えていていいものだろうか。

 ため息を押し殺して、何気なく流した視線の先には、仲よくお話されている音成さんと九さんを強く睨みつける、美山さんがおられて。

 どくりと、胸がざわついた。

 「はいはーい!Good morning、俺のやんちゃ子猫ちゃん共〜とっくにチャイム鳴ってんぞオラ、撤収撤収〜!さっさと座りやがれ〜」
 
 平穏な顔を装った1日が、始まろうとしていた。



 2011-07-16 22:32筆


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