21.一匹狼ちゃんとご対面


 ……ごっぼぉおおおおんん……


 静かな静かな廊下に響き渡る、鈍く重い衝撃の音。
 やや経ってから。
 「……いっ…て……!」
 低い呻きが頭上から聞こえて。

 いって…?
 行って?
 言って?
 炒って?
 煎って?
 胃って?

 意味を計りかねて、ぼんやりと知ってる漢字を当てはめてから。 
 いって・いてぇ・痛い?!
 唯一この場に相応しい三段活用がようやく浮かんで、手荷物を盾に若干屈んでいた態勢から、慌てて我に返った。
 そこには、拳を抑えて呻いている、一人の男子さんのお姿が!
 「…!!申し訳ございません、だいじょうぶですかっ?!!お怪我は?!」

 「……てめぇ……」
 「ほんとうにすみませんっ、あぁ、あぁ、赤くなってる…!!だいじょうぶですかっ?!骨に異常は?!皮膚に傷は?!動けますか?!」
 どうしよう…!!
 青くなって、でも触るに触れず、近寄るに近寄れず、おろおろとしている俺を、その人はぎっと睨んで舌打ちなさった。
 「俺の拳を避けるとは…てめぇ、何を仕込んでやがる?」

 わーわー、すごい剣幕だ…!

 「すみません!!とっさに身の危険を感じたものですからつい…!あの、これは俺の私物でコツコツ集めて来た宝の一つ、南部鉄器の鉄鍋でして…熟練の職人さんが手がけてくださった、非常に底厚の重い鍋なんです…!!すき焼きや煮物、お米までおいしく炊ける最高の鍋なんですが…痛かったですよね?!いえ、痛いなんてものじゃないですよね…!!ほんっっっとうに申し訳ございません…!!」

 我が身を守るために盾にした、鉄鍋を出して説明しながら。
 自分の安全のために、鍋の後ろに隠れるなんて!!
 俺はまだまだ子供だ、なんて未熟なんだろう。
 しかも鉄鍋、場合に因っては凶器だ。
 日々命を繋ぐ食事を作る大切な調理道具を、凶器にしてしまうなんて!
 将来の夢を見る資格などなし!!

 精進せねば!!
 懸命にお辞儀をして謝る俺に、相手の男子さんはふと、その剣幕を緩めたご様子だった。
 「宝の…鉄鍋…???」
 「は、はい!!大切な、しかも個人的な宝の調理道具のひとつで我が身を守るだなんて、誠にお恥ずかしいお話で恐縮です…それよりも何よりもお怪我はございませんか?!お手はちゃんと動かせますか?!」
 「……ふん……もうどーでも良い……」

 男子は急に気を削がれたお顔になり、赤くなった手を邪魔くさそうに軽く振って。

 くるりと踵を返され、いつの間にやらストッパーで半開きになっていた扉の向こう、室内へ戻って行かれた。
 ん???




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