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甘やかな香気を吸いつつ、ソファーに悠然と腰かけている一平先輩に、昨日の出来事を報告した。
朝1番の2人だけのミーティングは、欠かせない大事な習慣の1つだ。
「という訳で、宮成はすっかり改心した様です」
「ふうん…?腐っても元生徒会長ってところか…バカだバカだと想ってたけど、八城(やつしろ)先輩の目にやっぱり狂いはなかったって事だねぇ…」
久しく聞いた、宮成の前任者の名前に懐かしさを感じた。
「では、宮成隊は穏健派に変わるかな、心太」
「はい。昨夜行われた話し合いで、宮成は今までの不遇を詫びたばかりか、渡久山と別れるに至っての想いを隊員曰く『涙ながらにしかし気丈に』吐露し、激しい感情の波を鎮めてくれたのは前陽大だと打ち明けた模様です。
但し、前陽大とは食事を共にして話を聞いて貰い、世話にはなったが一切の恋愛感情はない、俺は渡久山以上に人を愛する事は一生ないときっぱり言い放ったそうです。
卒業まで、生徒会OBとして最上級生として、恋愛も遊びも一切断ち切り、親衛隊並びに後輩達の平穏な学園生活を見守りたい、自分が出来る事に努めたいと。勝手な言い分ばかりで非常に申し訳ない、殴るなり蹴るなりしてくれて良い、どんな罵声も甘んじて浴びる、隊の解散も任せると頭を垂れた姿は、『さながら武士の末期の如き』凛々しさだったそうです。
隊員一同、宮成の本音を初めて耳にし、カッコ悪いというか無様というか、弱さを見せられつつも男気溢れる姿に感動したのだとか…まがりなりにも憧れや恋愛感情を持った相手から、情けない姿を見せられると、心を許されたが如く舞い上がってしまい庇護欲が湧いてくる、ってパターンですね。しかし、こういった芝居がかったノリ、宮成程似合う人物は居ないですね。ある種の自己陶酔が激しいだけに」
ふうむと、一平先輩はため息を零した。
「成る程、よくわかった。心太の所見は相変わらず厳しいねぇ」
「そうですか?」
それが仕事ですから。
ともあれ、誰にとっても宮成の改心は万々歳だろう。
厄介事が1つ減る。
この時局に非常に有り難い。
「うーん…今後も宮成隊から目を離さない様に気をつけないとね」
「はい…って、えっ?一平先輩、宮成隊はこれから平穏になるのでは…」
想いがけない言葉に、目を見張った。
一平先輩は、チチチ!と人指し指を振ってみせた。
「宮成隊は元々、チャラチャラしてバカっぽい宮成を守るが如く、頭の回るしっかりした隊員で構成されている。加えて、宮成は実はやれば出来るヤツ、昴への過剰なコンプレックスが災いして、わざと自分を偽る事でしか存在出来なかった…過ちを理解し、自力で立ち上がった人間は強いよ。今まで放置された分、心からの謝罪と温かい眼差しを向けられた宮成隊の一部ミーハーは抜けるだろうけど、古参の隊員は漸く大きな成長を遂げた宮成に益々心酔し、隊の結束を固めるだろう。それこそ、6・7・9・10・11・12月…我々3年は3学期は殆ど自由登校だから、正味後半年の残された時間、有意義に過ごそうと動く筈だ。
自分達独自のやり方で、ね。
この後に及んでバカげた振る舞いこそしないだろうけど、勝手に大きく動かれるのは困る。彼等の動向に注意しておかなければ」
流石は一平先輩、冷静だ。
俺はやっぱり、まだまだだ。
「寧ろ、開き直った宮成の人気が変に上がる可能性もある…面倒だなぁ」
「そうでしょうか?所詮はOB、所詮は人不足世代、やむなく放り込んだイレギュラーの存在、じゃないですか」
「心太は宮成が相当嫌いなんだねぇ…」
「嫌いも何も…俺は曲がりなりにも副会長の親衛隊長ですから」
「莉人大好きだもんねぇ…」
「な…?!そういうんじゃありません!!アイツにあらゆる手段を尽くされて泣く泣く隊長になっただけで…!」
一平先輩は、ニヤっと妖しく笑って、見当違いの事を言った。
「『人は一面だけじゃ量れねえ』」
「…なんですか」
「『木を見て森を見ず』だよ、心太。俺の心酔する生徒会長様のお言葉だ、有り難く受け止める様に!そして、バカな子程可愛いもんさ」
「一平先輩こそ、会長大好きですものね?」
「ハハハ!好き好き大好きー!っていう『訓練』を幼少のみぎりから受けているものでね。ま、内情は何処も変わらんさ。ウチは歴史も因縁も古いだけ!」
「謎過ぎますよ、柾家…」
何せ、学園内の誰もその全貌を知り得ない、巨大な歴史を抱えた家、らしいし。
流石の新聞報道部も手が出せない、一体あの面白がりは何者なんだか。
「本当にねぇ…富田は分家の片隅だから、実際の所俺にもよくわからんのさ」
「一平先輩の御苦労はお察し致します。お宅の親衛対象は、びっくりする程よくお出来になる可愛くない子ですしね」
そう言うと、一平先輩は苦笑した。
「何事にも万能な、天から愛された御子だけど。ヤツが悪どいのは、基本的にバカで可愛気がある所だねぇ…」
深い眼差しに、一瞬ドキリとした。
「………ところで、心太?」
「…はい」
「マニキュアってヤツは、どうしてこうも厄介なんだろうねぇ…?卒業までに上手く塗れる自信がまるでないよ、俺は」
「俺に訴えないで下さい。俺だって苦労しています」
訂正。
我々の朝は、バラと、大量の化粧品に囲まれて始まる。
素性を隠す為のメイクは、嫌々だからだろう、一向に上達する気配が見えないのであった。
2011-07-13 22:13筆[ 343/761 ][*prev] [next#]
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