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壁にピッタリと、身を寄せる。
全身の神経を集中させて、僅かな物音も聞き逃さないとばかりに耳をそばだてる。
荘厳な趣ある壁紙がピシーっと貼りめぐらされてある壁の、ひんやりとした感触が背中に心地良い。
すこしささくれ立った心が、このひややかさと緊張感で埋め尽くされる。
しばらく状況を窺ってから、素早く廊下に顔を出し、四方八方に注意深く視線を向けた。
一定の間隔を置いて並んだ扉、上質な絨毯で敷き詰められた広い広い廊下は、変わらず静まり返っている。
とは言っても、防音完備の建物内のこと。
油断は禁物だ。
ダンダンダンダ・ダンダンダンダン・ティラリーティラリーという、お馴染みのスパイ映画のメロディーが、想わず頭を駆け巡る。
ミッションはひとつ。
前方約100メートル先にある、廊下最奥の特別設置自動販売機にて、「特寮限定出荷/おやすミルクティー・レベル1:やさしい甘さ」の3人分をゲット!!
さっと行けばものの5分も要さないミッションだ。
けれど、そう容易く事は運ばない。
十八さんから授けられた、大事なカードを握り締めながら、俺はタイミングを窺いつつ、仁と一成から教えられた注意事項を復習する。
現在地は、特別寮内。
俺が普段過ごしている、1年生と2年生が住まう寮の隣にある別棟の建物、3年生の寮の上階部分だ。
何でも3年生は進路の兼ね合い等で多忙になる為、部屋の造りがゆったりとしたこちらへ移動となる。
その上3階分には、1度でも3大勢力入りした生徒さんや、次期3大勢力候補の生徒さん、役員入りしていないものの何かと目立つ生徒さん方が住まわれる、特別寮なるものが存在している。
一般生徒は立ち入り禁止、皆さんが寮内だけでも安心して過ごせるように配慮された場所なのだそうだ。
ほんとうなら、俺などが此所にいてはならないのだろうけれど…
一成の部屋も仁の部屋もこちらの最上階…今俺がいる場所…にあるとのことで、他の寮生さんに見つからなければ大丈夫、らしい。
俺の学校内での立ち位置といい、いろいろなことが複雑に絡み合っての結果なので、今は深く考えないでおこう。
そんな危険な状態の中、敢えてこのミッションに臨みます。
話が終わった後、仁が喉が渇いたと言い出し、何もストックしてないから買って来ないとと一成が返した、そこへ手を上げさせて頂きました。
お世話になりっぱなしの2人への、せめてものお礼の第1歩!
2人が口にした、なにやら魅力的な商品のラインナップに惹かれたわけではございませんよ。
勿論、さっき飲ませてもらった、「リラックスハーブティー」なる美味なる飲み物も、こちらの自販機で購入したと聞いたからではございません。
ドリンクの買い出しぐらい、俺が走らせて頂きますとも!
…ちょっと、ひとりになりたい、気持ちもあったかも知れない。
すこしだけ、外の空気を吸いたいというか、気分転換したいというか…
来る時は仁におぶってもらったまま寝ちゃってたから、自分がどこにいるのか、今ひとつ把握できてないムズムズした気持ちっていうのもあるかも。
しかし!
ここは特別寮、常に危険と隣り合わせ?ハプニングにご注意??らしい!
速やかにミッションを遂行しなくてはなりません。
なんせ、一成の部屋から前方の自販機へ繋がる道の途中には、エレベーターへ通じるちょっとしたロビーへ通じる廊下、という難関があります。
更に、並んだ扉の向こうには、現3大勢力さん方のお部屋。
誰かにお会いしようものなら、お互いびっくり仰天、さてどうしましょう事態発生!
昨日、隠れ家さんでお会いした皆さんなら事情が通じているそうですが、その他の皆さんはご存知ないこと。
これは慎重に慎重を期する1大ミッションなのです。
それでも部屋を出ることを許してもらえたのは、この時間ならば、新歓前で忙しい皆さんはまだまだ帰られていないか、お部屋に隠ってみっちり仕事中か、いずれかに限られるからだそうです。
皆さん、ほんとうに大変だなあ…
俺だけ呑気で、騒動を起こすだけ起こしておきながら守られていて。
それを想うと、どんどん落ちこむばかりだけれど。
ごめんなさいと謝ることしかできないのか、無力な自分が心底情けない。
でも、明日は明日の風が吹く。
ちゃんと向き合うから。
一先ず顔を上げて、ミッションに集中させて頂きます。
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