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 お出汁をていねいに取った。
 野菜をていねいに切った。
 卵焼きをていねいに焼いた。
 ひとつひとつの動作を、ゆっくり、きちんと、心をこめて。
 そうして作った、ふつうのごはんは、なによりのご馳走になる…と、想う。
 あったかいお味噌汁、炊きたてのごはん、やさしい味わいのあり合わせ野菜と鶏肉の煮つけ、しゃきしゃきの食感が残っている青菜のお浸し、焼きたての卵焼き。
 ホカホカの湯気いっぱいの食卓では、どんなに疲れていたって、笑顔が浮かぶ。

 あったかいごはんは、明日を作ってくれるパワーになる。
 元気になれる。
 どんなことがあっても、キッチンに向かって一心にお料理していると、自然と気持ちが切り替えられる。
 気持ちを切り替えて、ごはんをおいしく食べたら、すこしホっとできる。
 一緒に食べる人がいてくれたら、尚更のこと。
 料理すること、食べることが好きな、俺ならではの回復法かも知れないけれど。

 物心ついた頃から、ずっとこうだった。
 母さんがいないいくつもの夜は、キッチンに居さえすれば平気で乗り越えられた。
 うまくできた料理をあとで母さんに食べてもらう時の、母さんの笑顔や誉め言葉を想い浮かべるだけで、何があっても大丈夫だった…
 今でも変わらない。
 キッチンに立つことは、俺にとって、かけがえのない大切な時間。
 ここは、リセットできる場所、新たな力が湧いてくる場所。
 
 まして今は、だいすきな友だちが側にいてくれる。 

 いつもはもっと手伝ってもらうのだけれど、どうしたって塞ぎがちな気持ちを上向けたくて、俺がメインで作らせてもらった。
 入居以来、ほんとうにただの1度も使ったことがないのだと、胸を張る一成を横目で見つつ、ピカピカのキッチンをそれはもう堪能させて頂きました。
 それにしてもすごく立派な設備…!
 4ツ口の電磁調理器と、本格的なオーブン機能搭載のオープンキッチンって、なんて贅沢なことでしょう!
 十八学園に入学させて頂いてからこの方、いろいろなキッチンを拝見させて頂く僥倖に預かって来ましたけれども…もちろん、ナンバー1は当たり前に食堂さんですけれども。
 学生が使用する範囲でのナンバー1は、こちらのキッチンですなぁ。

 いいな、いいな。
 もっといろいろ作りたいな。
 名残惜しく想いながらも、和やかに食事が始まった。
 お洒落な現代っ子・一成の明らか洋風な部屋で、モダンなカラフル洋食器に盛りつけたふつうのお家ごはんって、なんだか不思議な組み合わせだ。
 申し訳ありません、現代の洒落もの男子の流行に乗り遅れまくっております。
 憧れだけは人1倍強いものの…周りには洒落もの男子の存在が多いものの…秀平さんたちもそう言えば、お洒落っ子だったものねぇ…

 「食」や「住」に興味の大半を取られた人生、しかもそちらのセンスも自信があるわけではなく、つまりすべてにおいて勉強中の身の上で、お恥ずかしい限りです。
 うまく卒業までこぎつけた暁には、お洒落男子の1人として存在していたいものです。
 ひそかな願望を強く持ち直しつつ、お洒落男子2人とのんびりごはん時間を楽しんだのでした。
 2人共おいしい!おいしい!って、いつものようにパクパクもりもり食べてくれた。
 ほんとうによかった。
 俺の箸も2人につられて進んで、明るい笑顔の絶えない晩ごはんにすっかり満たされた。


 でも、夜はこれで終わらない。


 落ち着いたところで、皆で後片づけをして、食後のお茶…一成があらかじめ入手しておいてくれたらしい、「リラックスハーブティー」なるペットボトルのお茶を頂きながら。
 「――で。現状とこれからの事なんだけどな」
 仁が話を切り出して、俺はソファーで寛いだ態勢から姿勢を改め、膝の上でぎゅっと拳を握りしめた。
  
 

 2011-06-25 23:05筆


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