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 皆で手を洗って、さて用意万端!

 ええ、そうですね。
 流石は、一成さんのお部屋です。
 想像通り、期待通りで、むしろ安心に次ぐ安心と言いますか。
 うん…べったりと側にいたわけじゃないけれど、短いお付き合いではない、本音でお付き合いしてきた自負がありますから…一成だって、自惚れかも知れないけれどそうだと想う。
 どなたさまにに対しても人当たりのいい一成は、どこか警戒していて慎重で、当初は高い壁を何重にでも築いているような距離感があった。
 でも、ひとつひとつの壁に扉を作って、開いてくれたのは他ならぬ一成だった。
 ゆっくり歩み寄り合って、今の関係が築けている。
 これからも、まだ残っている壁をひとつひとつ、クリアして行ければいいなあって。

 そうなんですけれどもね。
 一成さん。
 あなたは武士道内におき、群を抜いて手先が器用で何でもこなせる、やれば出来る子でしょう。
 誰よりも早くお手伝いの数々をマスターし、近年に至っては、俺が不在でも先読みしてフォローしてくれるぐらい、武士道家の未来を背負って立つ、頼りになる長男さんへと成長してくださったじゃありませんか。
 何故でしょう。
 あなたの将来に、他人の俺があれこれ口を挟む道理はありませんが。
 とってももったいない…!
 宝の持ち腐れとは、まさにこのことなのか…!

 お母さん、口惜しいような哀しいような切ないような…そんな気持ちで胸がいっぱいです。

 想わず、キッチンの縁に両手を付き、ふう〜とため息を零してしまった。
 そんな俺を、武士道家の大黒柱さんと長男さんが、おろおろと見つめているのがわかります。
 「はるとー…?どした?やっぱ一成んチのキッチンじゃ物足りねー?」
 「ちっげ〜だろ、てめーのその自分本位なポジティブ思考、マジウゼ〜し!はるる、足りないモノあったら明日すぐ用意するからね〜?何でも言ってね〜?」
 「………意味のないケンカはやめてください………」
 「「!(こっわ…!)は、はーい…」」
 「一成さんに、質問があります」
 「へ?なになに〜?」
 「このキッチンで、1回でもお料理したことがありますか?」

 「ん〜?料理〜?!俺が、ここで〜?!ないない、あるワケないじゃ〜ん!はるるが居ないのに料理なんかしないよ〜寧ろ、はるるが来るのを待ってたってカンジ〜?キレーなもんでしょ〜使ってないっつーのに、ハウスクリーニング入る度、キッレーに磨いてくれちゃってっからね〜」
 料理「なんか」しないよ〜ですって…!
 俺が来るのを、待ってただぁ…?!
 ハウスクリーニングですって…!!

 「………このバカチンがっ………!」
 「?!は、ると…?!今、何か言っ…?!何だこの殺気…どこからだ?!他に誰か居んのか?!いや、ココ最上階だっつの…!」
 「じ、仁〜1人ツッコミ、おつ〜つか何か、急に寒くね…?!今5月末期だよね〜…天変地異〜?!窓開いてたっけ〜…」
 ぶるぶるぶるぶる…震える手を、懸命に握り締め、キッチンの縁についたまま耐えた。
 落ち着け、俺!
 仕方がないのです、こんなことで怒ったって、一成はきょとーんとして戸惑うだけです。
 子犬と同じ、その場その場に応じて適切なタイミングで誉め、叱らなければ、その純粋無垢な心をいたずらに傷付けてしまうのです。

 人には人の数だけ人生がある、ライフスタイルがある、お金では買えない価値がある。
 それに、今はそんな事態じゃありません。
 俺は仁と一成に迷惑をかけておきながら、2人の広く優しい恩情でもって救われ、ここに厄介にならせて頂いている身上。
 ああ、我が両手に宿るデコピンの精よ、今ばかりは耐えなさい…!
 己を厳しく律してこそ、真の男です。
 「………っくっ…陽大Wヒジテツっ!」
 「わぁ?!痛っ……地味に痛っ…!は、はるる〜?!」
 「ビビった…!マジビビった…!マジで地味に痛い…」
 ああ、俺はまだまだ未熟者、修行不足です…成長期さま、どうか業深き俺をお許しください…
 かろうじてヒジテツで堪えたことに、情状酌量の余地をお与えください…

 「…ふぅ…ちょっと気が済んだ…」
 「は、はると様…?」
 「はるる様〜…?」
 「さぁて!2人共、ぼんやりしているヒマはないよー!この新品ピカピカ、心優しいキッチンの精、制作者さま、業者さま方以外は誰も触れたことのないキッチンは、今日から俺のもの!」
 「「…!(俺様陽大降臨…!)」」
 「ふんふんふん〜今日は大切な初船出〜はてさてなにを作ろうかな〜」
 「初船出…???ま、はるとが楽しそうなら俺は何でもいーけど…」
 「はるる様〜とりあえず〜いつもはるる様の仰る基本食の材料だけは用意したんだ〜後はよくわかんなかったから〜明日、一緒に買い物行こうね〜?つかご一緒させて下さい、お願いします」
 ほっほう…?

 「流石、一成くんだね…?折角の立派なお台所が手付かずなのは気になるけれど…よく心得ているじゃあないか…」
 「そんな〜照れます〜!誉めて頂けて光栄です〜!」
 「かわいいぞよ」
 「きゃ〜はるる様〜!」
 「えーはると、はると、俺は〜?」
 「仁もかわいいぞよ」
 「きゃ〜はると様〜!」
 「2人共、かわいいぞよ。かわいい2人にお願い…」
 「「なになに?」」
 「仁はお米を洗って。一成は野菜を洗って。俺はお湯を沸かします」
 「「ラジャ!!」」

 にぎやかに調理開始!

 …正直、テンション上げて、ふざけたノリで、大げさなぐらい笑っていないと、場が保たないんじゃないかって。
 足元にいつまでも漂ってる、シリアスな空気を、俺はまだ先延ばしにしていたくて。
 一成が時折口に出す、「明日」って、どんな明日…?
 無駄な抵抗だとわかっていても、もうすこし待って!お腹を満たしてからでいい?って、弱気になっていた。
 ノリ良く合わせてくれる2人には、ほんとうに感謝だ。
 ほんとうに、2人がいてくれて、よかった。



 2011-06-21 22:26筆


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