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「ごめん……ちゃんと話さなくて、ごめん…あんな風に別れたい訳じゃなかった…俺がどうしようもなく弱いばっかりに、凌に迷惑掛けてごめん…」
頭の上で、低い掠れ声が聞こえた。
朝広の所為じゃないと、かぶりを振った。
仕方がなかったんだ。
最初から見えていた結末、決まっていた現実。
「凌を、俺は、本当に…………けど、俺は……宮成の家を捨てられない…」
振り絞られるギリギリの本音に、黙ったまま、何度も頷いた。
俺だって、そうだよ?
渡久山の家を捨てられない、未知の世界へ冒険出来ない…
どんなに、好きで、愛していても。
「凌と付き合えて…俺は、凄く幸せだった。お前と一緒に居ると、今までになく気持ちが安らいだ。本当に感謝してる…凌に会えて良かった…勝手ばっかり言って、ごめん…」
朝広がくり返し続ける「ごめん」は、俺には、別の言葉に聞こえた。
視線で、体温を通わせる事で、彼から伝わって来る想いは確かにあった。
(本当はもっと、口に出して言って欲しかった、そう強請ってみたかったけれど。)
何よりもたくさん欲しかった言葉を、今、「ごめん」にすり替えて貰っている…
心が凪いだ。
濡れた瞳がいつしか渇き、そっと、指を離した。
気配に気付いたんだろう、朝広の身体も、自然に離れて行った。
「本当に、宮成先輩は、勝手ばかりで傍若無人ですね」
今度は、ちゃんと、笑えた。
笑えてるよね…?
見上げたあなたも笑っているから、きっと大丈夫。
「来てくれて、ありがとう。渡久山」
「いいえ、礼には及びません。こちらこそ、今までありがとうございました」
一礼して、瞳を見交わし、また笑い合った。
「…とは言いましても、先輩には3大勢力OBとして、まだ協力して頂かねばなりません。俺に借りがある分、卒業までよろしくお願いします」
「ああ、わかってる。俺自身の問題を先ず解決する。前にも迷惑掛けた、親衛隊も混乱させてる…例の転校生とはまだ会ってないが、お前達に出来る限り協力する。3大勢力在籍中は役立たずだったが…柾の本願を見てから卒業してぇし」
「はい」
どちらからともなく、手を差し伸べて。
交わした握手は力強く、改めて先輩と後輩の関係が結ばれたと同時に、もうそれだけの間柄になった事、すべてが過去となった事をこの身に刻んだ。
次に会う時はもう、ただの先輩と後輩だ。
「暗くなって来たな…遅くまで悪かった」
「いいえ」
「別々に出た方が良いな。渡久山、先に行ってくれ。俺はこの後、親衛隊と約束があるんだが、まだ余裕あるから」
「わかりました。では、お先に失礼致します」
「ああ、気を付けてな」
「はい。宮成先輩も…これから益々お忙しくなるでしょうから、きちんと食事を召し上がって、しっかり眠って下さい」
「はは…前みてぇな事、お前まで言うようになったんだな。お前こそ、ちゃんと食って寝ろよ」
「ええ。前君は俺にとって大事な友人ですから、彼に心配掛けない為にも気を付けます」
「俺もだ」
戯れの様な軽い会話。
一礼して。
背を、向けて。
扉を開けて、濃い夕闇の中へ。
振り返りたかった。
どんな顔で見送ってくれているか。
或いはもう、別の事に気を逸らしているか。
どんな風でも良い。
振り返って、もう1度、あの腕の中へ戻れたら………
永遠に叶わない幻想を、振り払う様に頭を振った。
「……朝広……」
2度と呼ぶ事のない、特別な名前。
最後に呟いて、微笑って前を向いて、足早に温室を後にした。
早く戻らなければ。
仕事が終わったら、今夜だけはまた、少し泣いても良いだろうか?
もうこれで、本当に終わり、だから。
2011-06-14 21:54筆[ 328/761 ][*prev] [next#]
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