19.何者っ?!賢者の素顔


 エレベーターホールまで少年を案内し、ガラス張りのエレベーターに感激している姿に微笑を浮かべつつ、その大荷物では大変だろうと部屋まで付き添う旨を申し出てみた。
 「お気遣いありがとうございます!でもだいじょうぶですから…お仕事でお忙しい中、丁寧にご案内していただけて、ほんとうに助かりました。ありがとうございました」
 少年はにっこりと笑い、丁重に辞し、綺麗な姿勢で一礼した。

 その笑顔…しっかりとした、その辺の大人よりも余程大人びた印象ながら、無邪気な子供時代がまだ残っている事を感じさせるもので…
 また笑顔を返しながら、こちらも一礼した。

 「では私はこちらで…前様の充実した学園生活、寮生活を陰ながら応援致して居ります」
 
 
 ――……本当に、な……

 
 「はい、ありがとうございます!」

 言葉をそのまま受け止め、笑っている少年。
 その様に素直で健やかな精神で、この学園での日々を乗り切って行けるものかどうか…
 既に待機していたエレベーターの箱の中へ入り、上昇し始めるまでお辞儀している少年を、笑顔で見送りながら、肚の内は、今日も冷めていた。
 エレベーターの階数表示が「四」で止まった所で、その瞬間を待ちかねていたかの様に、物陰から黒尽くめのスーツ姿が飛び出して来た。

 「――失礼致します、会長。御用件はお済みですか?ならばお急ぎ下さい。皆々様、会長のお帰りを首を長くしてお待ちです」

 縁のないシャープな眼鏡のレンズが光る、如何にも有能で冷酷無比な印象の高身長の男。
 二上は振り返った途端、取り繕った笑顔を消し、「普段の自分」へ、戻った。
 「…あぁ、少々時間を喰ってしまったな。済まない、『二上』」
 「構いません、会長。私有地を飛ばせば直ぐです。裏口から出ましょう」
 頷く間にも、此所の管理人に着用が義務付けられている、執事然とした制服の上部を脱ぎ、男へ手渡した。

 引き換えに、イタリアで誂えた濃グレイの背広を羽織る。
 カフスはダイヤ、フロアの光を受けて煌めいた。
 そのまま、何事もなかったかの様に二人は歩き出した。
 「二上、あれを見たか」
 「はい」
 「お前はあれをどう見る?」

 質の良い靴音が響く中、無表情に進められる会話。
 男は無機質に答えた。
 「馬鹿馬鹿しい程に純真無垢、その様な印象を受けました。しかし昨今の我が国の社会情勢から見て、今時珍しく目上を敬い、完璧ではなくても挨拶や礼儀を心得ている…流石、『大陽』の一粒種なだけはありますね。ですが、当学園でその純真無垢さ、彼の正義がどう変貌するか、全く見えません」

 男の答えに、二上と名乗っていた老人は、満足そうに頷いた。
 「恐れながら、会長はどの様にお感じになられましたか、お窺いしても宜しいでしょうか。この時期に敢えて時間を捻出し、会った価値はお有りでしたか」
 老人は、老獪に微笑った。
 「ふむ…あれは少し真っ直ぐに過ぎる」
 それだけ言って、男を振り返った。


 「これからがお手並み拝見じゃ」


 前陽大、彼の今迄の価値観、信じて来た事、僅か十五年の幼い人生全てが、この学園に於いてどう覆るのか。
 或いは彼は、自身を貫き通して行ける強い器足るのか。
 先ず、いきなりの試練が少年を待っている。
 彼の同室者は、「普通の少年」ではない。
 彼の保護者を気取る「あのうつけ」が、必死に護ろうとして選抜した、真面目な一般生徒の同室者から勝手に変更させた、それは老人にとって実に容易い事だった。
 
 喉を震わせ愉快そうな老人を、二上と呼ばれた男は眉一つ動かさず、不躾にならない程度に見つめる。

 「…と言う訳で、儂は暫く管理人生活と並行するからの!」
 「………会長…そう来るであろうと予想して居りました……」



 2010-04-13 23:59筆


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